第8章 赤と黒
「……え、何? ひょっとしてアンタ、その辺の知識、皆無なワケ?」
「え……?」
「もう! 少女って歳じゃないんだから、色々と知ってなくちゃダメじゃない!!」
グレルは立ち上がり、私の側まで来た。
「まず、ひとつ聞きたいんだけど、“エッチなこと”って言ったら何を想像する?」
私の頭の中で、ロナルドに教わった“娼婦”という単語と、その娼婦がどのような商売かという話と、そのときに私がエッチなこと=キスをすることだと言ってロナルドを笑わせた瞬間の映像が駆け巡った。
そして、ロナルドとキスをした日のことを思い出した。
「どうしたの。顔、赤いわよ?」
グレルが私の頰を触った。
「さ、答えてみなさいよ」
「そ……それは」
「何かしら」
「……キス、すること」
目の前のグレルがニヤリと笑った。
「ふーん。アンタ面白いわね」
「なんで!?」
そして突然、グレルが私の背後に回り、私の体を後ろから抱く形で立った。
「じゃぁ、こういうことも一度もされたことないワケ?」
グレルの手が、私の襟元から服の中へ入れられそうになった。
そのとき、ウィリアムと対戦中だったロナルドが、上から勢いを付けて降りて来た。
「クロエから離れろ!!」
その後を追ってウィリアムも地に降りた。
グレルは私の服の中に入れかけた手を取り出し、その腕で後ろから私を抱きしめた。
「クロエから離れろ」
ロナルドは怒りの表情で、もう一度グレルに言い放った。
その様子を見ているウィリアムは、ロナルドに襲い掛かることもなく、黙っている。
「ねぇ、ロナルド。この子、なーんにも知らないみたいじゃない?」
グレルは私を放すことなく、ロナルドに語り掛ける。
「は? 何の話っスか?」
「今ガールズトークしてたんだけど、この子の無知ったら」
グレルは私の耳元で不気味に笑った。
「マジ何言ってんスか? っつーか早くクロエを放してやってくれないですかね」
「ガールズトークと言ったらエッチな話題しかないじゃない!」
そう言ったグレルの腕が更に締まった。
私は身動きが取れなかった。
グレルの言葉を聞いたロナルドは目を見開き、その後ろのウィリアムは横を向いて、眼鏡の位置を手で直していた。