第8章 赤と黒
「ねぇアンタ。さっきなんて言ったんだっけ? “エッチなこと”と言ったらって話」
ロナルドもウィリアムも、動きが止まっていた。
「もう一度、教えてくれないかしら。アタシ、おっきな声出して忘れちゃったの」
ウィリアムは咳払いをした。
「ねぇ?」
「え……」
「ねぇってば!」
グレルが私の耳元で言う。
「……ス」
「もっとおっきな声で」
「……キ、ス……」
するとグレルは私を放し、またくねくねした動きをしていた。
「いやーん! ほらね!! この子の中ではキスがエッチの最上級なのよー!」
私は恥ずかしさのあまり、また手で顔を覆った。
涙まで出てきた。
「グレル・サトクリフ! そのようなことを大声で言うのはやめなさい!」
「じゃぁウィルの耳元で囁けば良いかしらん」
「気色の悪いことを言うのはやめなさいという意味です!」
私はしゃがみ込んで、泣いた。
こうなったときは、いつもならロナルドが駆け寄って来てくれていたが、彼もどうして良いかわからなくなっているようだ。
「ちょっとロナルド。大切な子猫ちゃんが泣いてるじゃない。放っておいて良いの?」
「泣かせたのは貴方でしょう!」
私の前にロナルドが来て、同じようにしゃがんだ。
「……クロエ?」
優しい声に名前を呼ばれ、少し顔を上げた。
「サトクリフ先輩はいっつもあんなんだから、気にすることないよ」
「……でも」
私は言葉を詰まらせた。
「まったく! 貴方のせいで、話がややこしいことになっているではないですか!」
「イヤだわ。あの子がアタシのハイグレードなガールズトークについて来られないのがイケナイんじゃない」
ウィリアムはため息を吐いた。
「しかし、良い情報を得られました」
「なぁに? アタシがアナタを快楽の世界に連れて行けるって情報?」
「違います。……これで、ロナルド・ノックスの心を揺さ振るくらいは出来るでしょう」
こんなことで泣いていても仕方がないと気付いた私は、自力で立ち上がった。
「ごめんなさい。私、下らないことで泣き過ぎだよね」
「下らない……か? でも落ち着いたっぽいね。……良かった」
ウィリアムは、私達から無理に話を聞き出そうとするのをやめ、一度全員で死神派遣協会に戻ることになった。