第8章 赤と黒
「お話中失礼致します。私、死神派遣協会管理課のウィリアム・T・スピアーズと申します」
悪魔に向かってそう言ったウィリアムは、縮めたデスサイズの先で、自分の眼鏡の位置を直した。
「そこの死神を引き取りに参りました」
「ウィル! ウィリアム!!」
ウィリアムの姿を発見したグレルが歓喜の声を上げた。
だが、その片手に掴まれた私を見て、態度が変わった。
「ちょっと!! その小娘、ロナルドんとこの子猫じゃないの! どうしてアンタがアタシのウィルと一緒にいるのよ!!」
ウィリアムは私を掴んだまま、下に飛び降りた。
「私は貴方のモノではありませんよ、グレル・サトクリフ」
ウィリアムが着地したのは、なんと倒れたグレルの頭の上だった。
物凄い音を立てて、グレルの顔が地面に埋もれる。
「クロエさん。貴方、この死神と面識があったのですね」
ウィリアムはそう言うと、私を地面に投げ捨てた。
遅れて降りてきたロナルドが、私を立ち上がらせて支えてくれた。
「マジで俺……何の役にも立たなくてごめん。怖かっただろ」
「ううん、大丈夫」
大きめの手帳を取り出したウィリアムが、グレルの規定違反について述べている。
それが一通り終わったところで、グレルの頭の上から降りた。
「この度は、コレが大変ご迷惑を」
ウィリアムは悪魔に頭を下げて言った。
「まったく。よりによって貴方のような害獣に頭を下げることになるとは、死神の面汚しも良いところだ」
「では、その害獣に迷惑を掛けないよう、しっかり見張っておいて下さい」
皮肉を言うウィリアムに、悪魔が返す。
「人間は誘惑に弱い。地獄のような絶望の淵に立たされたとき、目の前にそこから脱却できる蜘蛛の糸が現れたら、必ず縋ってしまう。どんな人間でもね」
悪魔が私の方を向いた。
「貴方も、死神に随分と入れ込まれているようですね、レディ」
一歩ずつ、私に向かって近付いて来る。
「絶望からようやく這い上がってきたようなその眼差し。そこから再び奈落の底に突き落とされるときの貴方の顔を、是非見てみたいものですね」
ウィリアムが悪魔の歩みを阻止した。