第8章 赤と黒
「貴方、お名前は」
「え……?」
「お名前は」
「……クロエです」
「そうですか。私は死神派遣協会管理課、ウィリアム・T・スピアーズです」
そう名乗った直後、ウィリアムは私の顎を掴み、顔を近付けた。
急な展開に驚いた私は、硬直してしまった。
「ちょっ、先輩。やめてあげてもらえませんか」
「貴方に指図される道理はありませんよ、ロナルド・ノックス」
ウィリアムの手に力が入り、私は顔を上に向けさせられた。
「クロエさん。貴方、一体どこから来たんです?」
「……どこって」
「死神は、人間と神の中立を成す者ですので、調査するうちに貴方がただの人間ではないことがわかったのです。さて、白状なさい」
ウィリアムの手に、更に力が込められた。
苦しくて声を出せなかった。
「吐かないなら、手段は選びませんよ」
ロナルドが、ウィリアムに向けてデスサイズを振り下ろした。
ウィリアムは私から手を離し、棒状のデスサイズで応戦した。
「ロナルド・ノックス。どういうつもりです?」
「こうでもしないと、クロエから離れてくれそうになかったんで」
ロナルドは私を抱え、ウィリアムと距離を取った。
「その人間をこちらに渡しなさい」
「嫌だと言ったら?」
「力尽くで」
ウィリアムの背後に見える屋根の上に、グレルと悪魔の姿が現れた。
月明かりを背に舞う赤と黒。
何度も見たあの夢が、まるで現実になったかのような光景だった。
「まったく。あちらでもこちらでも面倒事ばかりで、今日も定時で上がれないじゃないですか」
グレルは悪魔に吹っ飛ばされ、屋根から地へ落ちていった。
「さて、どちらから済ませましょうか」
そう言ったウィリアムは一瞬こちらを睨むと、目にも留まらぬ速さで私の胸ぐらを掴みに掛かって来た。
「やめろ!!」
ロナルドがウィリアムに再びデスサイズを向けたが、それを片手で持ったデスサイズで止められてしまった。
「はぁ。あちらもですか」
ウィリアムはロナルドのデスサイズを払い除けると、私をその状態のまま引き上げ、向かいの煙突へ飛び移った。
下では、グレルが自身のデスサイズで、悪魔に刈られようとしていたところだった。
それをウィリアムが長く伸ばしたデスサイズで阻止する。