第3章 芽生え
ロナルドは、ある建物の前で立ち止まった。
どうやらそこは、食事を提供してくれる店のようだ。
幼い頃に何度か連れて行かれたティールームのようなお洒落さはないが、却ってその方が余計に緊張しなくて済みそうである。
店へ入ると、年配の女性が客席の一つに座っていた。その女性は、こちらを振り向き立ち上がると、にこやかにお辞儀をした。店員のようだ。
私はロナルドに促され、奥の席へ腰掛けた。
ロナルドは先程の女性に何かを伝え、私の向かいの席に座った。
「ここ、俺の隠れ家」
「よく来るの?」
「しょっちゅうは来られないけど、今日みたいに朝早く出てきたときなんかに寄ってるよ」
私は、なんだか落ち着けないでいた。
「クロエちゃん」
「何?」
ロナルドは軽く笑って言った。
「んー? 呼んでみただけ」
そわそわしている私の気持ちが、彼には伝わっていたようだ。
私にも、彼の優しさが伝わっていた。
この人が死神だということが、信じられなかった。
つい先程、あんなに人間離れした移動手段を体感しておきながら、未だに彼は普通の人間なのではないかと思っている自分がいた。
それは、一種の願望なのかもしれない。
店員の女性が、トレーを持ってやってきた。
運ばれてきたのは、少し深めの皿と、浅い皿に乗ったいくつかのパンだった。
深めの皿とスプーンが私の前に置かれた。
「これは」
「りんごのポリッジだよ」
ほかほかのオートミール粥の上に、りんごのスライスが数枚乗っていた。
ロナルドは、食べるよう合図してくれている。
私はスプーンを手に取り、ポリッジをすくって口へ運んだ。
ミルクの味がしてほんのり甘く、温かい。
「どう? 今クロエちゃんが欲しいものと言ったら、こういう優しい味かなって思ったんだけど」
スプーンを皿に置き、今の感情を表す言葉を探した。
そうしているうちに、目から涙が溢れてきてしまった。
「俺、またクロエちゃんのこと泣かせちゃったな」
テーブルに置いてある紙ナプキンで、涙を拭いた。
一枚では間に合わず、気付けば私の目の前には丸めた紙の山が出来ていた。