第1章 春島にて
「お前は頭がいいみたいだな」
黙って思考を巡らす俺を見てそう呟くと、片手で俺を持ち上げてゆっくり立ち上がる。
そのままバルコニーに投げ出されると、俺に短剣を突きつけて言った。
「屈強なボディガードがいて任務は失敗した、とだけ伝えろ」
海楼石から解放された今なら、能力を使えば誘拐に成功するかもしれない。
しかし、こんな大物が相手では、安い金で雇われた割に合わない。
xxxxの俺に対する言動・行動は、互いに利がないことを明確にしていた。
察した俺は黙って劇場船を後にした。
*
その女が“何者”か知ったのは数年後、xxxxが麦わらの一味に加わったという号外を手にした時だった。
なぜか、とても悔しかった。
思えば、あれは一目惚れだったのではないだろうか。
返り血を浴びたおぞましい姿を美しいと思うなんて、俺もどうかしている。
頂上戦争で再会したのは、俺の気まぐれがもたらした偶然だった。
船長を庇って闘うぼろぼろの姿、不甲斐なさに流す涙、綻ぶ笑顔、輝く瞳。
誰も知らないxxxx。
本心から溢れる表情はどれも、初めて出会ったとき以上に、美しかった。
己のみを信じる目をしていた女に、あの男が与えたというのか。
今のxxxxは、船長のためなら簡単に命を手放してしまう。
誰もが手にしたいと願う孤高の女は、なぜ麦わらを選んだのだろう。
俺はなぜ、七武海に下るxxxxを引き止められなかったのだろう。
なぜと問う度に、俺は己の弱さをただ痛感するのだった。
風が湿気を帯び、空が厚い雲に覆われ始めた。
ぽつりぽつりと降り始めた音が甲板に響く。
穏やかな天候は一時のものだったようだ。
絵皿の隅で鈍色になった感情を、雨が溶かしていく。
それが染み出してしまわないように、拭って胸に閉じ込めた。