第3章 漆黒色の砂は、毒と嘯く※
シャワーを浴びて身支度を済ませた。
そろそろログが溜まるはずで、ここでの長居は無用だ。
世話になったなとクロコダイルに告げ部屋を出ようとした時、前触れもなく、後ろから抱き締められた。
「俺の元へ来い、xxxx」
夜に何度も囁かれた低い声で、何度も抱えられた逞しい腕で、私は再び包み込まれている。
薬はとうに切れているのに、身体がびくんと反応しそうになるのを咄嗟に抑え込んだ。
「クロコダイル、私は」
「保身のためなら、海軍より安全だ」
クロコダイルの言うことには一理ある。
お前は狙われやすいという昨晩の言葉と重なって、本気で私の身を案じているのかもしれないと思った。
己を信用することしか知らない男が、私に何を望む…?
だからこそ、私はここにいてはいけないのだ。
「ありがたい提案だが、私はまだ海軍でやり残したことがある」
「…そうか、そいつは残念だ」
腕を離されると、私はクロコダイルに向き合った。
見上げた男は、いつもの不敵な笑みを浮かべて、私の唇にそっと触れる。
「協力がほしい時は呼べ」
「あぁ、ありがとう」
良い夜だったと短く礼を言うと、美しい装飾が施されたアンティークのドアノブに手をかけ、パタンと閉めた。
触れられた唇がじんじんと痺れ、抱きしめられた身体はクチナシのような甘く心地よい匂いが残っていた。
*
クロコダイルが強引に私を引き止められないことを知っていた。
それは、プライドといった類のもののせいだ。
あの男はまだ、地位や権力、あらゆる力を失った敗者。
まして、敗れた男の船員を無理やり奪うなど、己が許さないだろう。
ビルを出てから、無意識に早足になっている自分に気付く。
ここから早く立ち去りたい気持ちの現れだ。
過ごした夜を、名残惜しく思い始めてしまわないうちに。
漆黒色をした砂の毒に、心まで蝕まれてしまわないうちに。