第6章 トロイメライ
演奏が終わると、ニノさんに営業中にも弾くように頼まれた。
俺の演奏で大丈夫なのか?
智とニノさんが大丈夫だって言ってくれた。
しかも智が『もっと聴かせろ』なんて…
智がそう望むなら、そうしてもいいんだけど
いいのかな…俺なんかの演奏で…
お客様に不快な思いさせない?
「智の為に弾いてやって」
ニノさんのこの言葉で、気持ちが決まった。
智の為になら、今までと違う演奏ができる気がしたから。
それに昨日思ったんだけど
俺、ピアノを弾くこと自体は嫌いじゃなかったんだ、って気付かされた。
まだ、ピアノを弾き始めた幼い頃
自分の指が曲を奏でるだけで楽しくて、何も考えずにひたすら演奏してた。
智の歌と一緒に演奏しているとき、その懐かしい気持ちを思い出した。
今、弾き慣れた数々のピアノ曲を、もう一度弾いてみたら…
もしかすると、違う演奏が出来るんじゃないかって、ちょっとワクワクしてきたんだ。
智との出逢いが、俺に次々と新たなモノを与えてくれる。
智の存在が、俺を変えてくれる。
智の手と歌声が好きだと思ったけど
良く良く考えてみると、俺、『智』のことが好きなんだな…
だって、手と歌声だけじゃなく
智の優しい雰囲気も好きだし、智と住むあの部屋も好き。
智から匂う少し甘い香りも好きだし、それに…触れたときに感じる体温も好き。
智は全てが温かい、智の全てが俺の事を温めてくれる。
血の繋がりはないけど、やっと出来た『家族』。
智にこんなこと言ったら、迷惑がられるかな…