第5章 夢を追う覚悟
「はどこか悪いのか?」
『え?』
「すげえ立ち入ったこと聞いてんのは分かってるが、さっき病院から出てきただろ?どっか怪我とかしてんのか?」
確かに病院から出てきたらそう思われるだろう。持っていたグラスをコースターの上に置く。グラスについた雫がコースターを濡らした。
『実はお見舞いに行ってたの』
「…家族か?」
『うん、私のお母さん……少し前に事故っていうか事件っていうか、その時に大怪我しちゃって。それから私もいろいろあって全然お母さんに会いに行けなくて』
「………」
轟くんは黙って私の言葉を待っていてくれた。だから私も轟くんのその優しさに甘えて1人でどんどん話してしまった。
『だから今日、会いに行ったんだけど…お母さん記憶障害で私のこと覚えてなくて、あなた誰?って言われちゃった。でも、相変わらず優しいお母さんのままで……』
ヒーローになると宣言したあと、両手を包んでくれたお母さん。あれは小さい頃からよくしてくれたおまじないの様なもの。私が怪我をして泣いてしまったり、怖い夢を見て起きてしまったりした時によくああして手を握ってくれた。
私のお母さんは無個性だけど、本当は手を握ると相手に安心と勇気を与える個性を持ってるんじゃないかとずっと思っていた。
「……は、なんで笑ってるんだ?」
『え?』
「本当はすげぇ辛いんだろ。それなら無理して笑う必要なんてねえだろ」
轟くんのその一言で私の中でなにかがプツンと切れた。
平気なわけない。辛くないなんてとても言えない。ずっと優しいお母さんのままで、今日見た限り元気そうで安心したけど…でもやっぱりお母さんが私のことを覚えていないのは、とても辛くてとても寂しくて。
『うっ……うう…うわあああああ!……うっ、うぅ……』
お母さんに会ったら私の名前を呼んでくれるかもしれない。ドアを開けたらって呼んでくれるかもしれない。そう少しだけ勝手に期待していた。
今まで溜まってきた悲しさとか悔しさとか、よく分からないけど私の中でぐるぐると渦巻いている感情が一気に溢れ出てくる。お店の中とか関係なく泣きじゃくる。
轟くんは私が落ち着くまでずっとそばにいてくれた。