第5章 夢を追う覚悟
翌日の土曜日。洗濯物を干し終えた私は、1人病院へ向かって歩いていた。こんなにも天気はいいのに、私の気分はどんよりしている。立ち止まりそうになる足に鞭を打ち、確実に1歩ずつ前へ進む。右手に握りしめた花束の色が風に揺れた。
『…す、すみません。あの……』
「はい。どうされました?」
『えっと、お見舞いに来たんですが』
「わかりました。お名前をお願いします」
緊張しながら受付を済ませる。嘘をついている訳でもないのに、お母さんとの関係性を尋ねられた時、なんとも言えない気持ちになった。
受付で聞いた病室の前に立つ。この扉の向こうにお母さんが…
『…ふぅ………失礼します』
横開きのドアをガラリとスライドさせる。この部屋は個室のようで、1つ窓際に置かれたベッドの上にお母さんがいた。上体を起こしてこちらを見ている。読書をしていたようで、開いていた本をそっと閉じた。
『……おかあさ──』
「あなた誰かしら?」
『…っ!』
泣くな、泣くな。歯を食いしばり、なんとかそれを止める。一度下に落ちた視線をもう一度上げて、まっすぐお母さんを捉える。
『…わ、私!おか…さんにとてもお世話になった人で……お見舞いに来たんですっ!!』
「……まあ!でも、ごめんなさい。私あなたのこと覚えてなくて……失礼ですが、どなたかしら?」
『そ、れは………私は、ヒーローになる者ですっ!』
お母さんは、きっとそういうことを聞いてるのではないだろう。でも、今の私がお母さんに答えられるのはこれしかなかった。お母さんは私をじっと見ている。
『、さん…にはたくさん助けてもらってて……でもずっと会いに来れなくて……大切な人を守るためにヒーローになりたいと思ったのに、私にはそのまだ覚悟がなくて………だから、会いに来ましたっ!!』
「…………」
『……1人で勝手にベラベラと喋ってすみません』
お母さんは何も言わずに呆然としている。それもそうだ。いきなり知らない人が来て、よく分からないことを話し始めたら誰でもそうなる。
「……少し、こっちに来てくれる?」
パタンと本を閉じ、手招きをするお母さん。ベッド横に立つと私の両手を取り、大きな手のひらが優しく包んだ。
「大丈夫。あなたなら、きっといいヒーローになれるわ。頑張ってね」