第7章 Catalyst
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「まだ駄目だ……もっと、もっとだよ」
男のくぐもった声が耳元で鳴る。壁に背を預けた私。ボタンの外されたシャツ。逃げようと身を捩ると手首を繋ぐ鎖が音を立てた。
薄暗い廃屋に似つかわしくない大きなピンクのラグの上に、私に似た大小様々な人形とひらひらした衣服が広がっている。
繋がれた私に逃げ場なんてなかった。
「いや……もう、やめて……」
「可愛いなぁ。でももっと笑ってほしいなぁ」
頬を伝う涙を舌で掬い取られる。彼の言動の全てが私に恐怖を植え付ける。
彼は体を丸めて震える私を引っ張った。足をばたつかせたが、抵抗も虚しく彼の胸の中に収まってしまう。
くつくつと笑う声がしたかと思えば、男の手がシャツの中に入ってきて、腰や背中を舐めるように撫でた。
怖い、気持ち悪い、喉の奥から嗚咽する声が込み上げる。
「っや……」
「だめだよ。触らないと出来ないんだから」
「こんなことして、どうするんですか」
「どうもしないよ。好きな物を集めたくなるのは人の性でしょ?」
首筋にかかる息。彼の指先が背筋をつう、と滑る。
肩を揺らすとまた鎖が音を立てた。
知らない人に触られる恐怖。
待てども待てども救けが来ない絶望。
大きく骨張った手が体を這う度に涙が零れた。
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はっ、と顔を上げると轟くんが焦りを孕んだ表情で私の肩を掴んでいた。気づけば冷や汗をかいていて、しがみついていたはずの手が震えていた。
「大丈夫か」
「う、あ……大丈夫……」
封じていた記憶。忘れもしない出来事。荒い息を整えながら自分を抱き締めた。
私は何をされたの?ヒーローが救けてくれるまでの間に何があったの?体に染み付いたままの手の感触に身震いした。
生きていく為の本能かずっと鍵のかかった箱に閉じ込めていた記憶。きっとあの時と同じように触られる事がその箱の鍵になっているんだ。
乗り越える方法は分からない。だけど"Plus ultra"だ。今の私はあの頃の怯えて救けを待ってるだけの私じゃない。
絶対、打ち勝ってみせる。
要は怖くなくなればいいんだ。
ぐっと轟くんを見つめる。今の私は相当余裕のない顔をしているだろう。まだ手足が震えてるし、全然笑えてないと思う。
恐怖と混ざって変な顔になっているかも。
それでも、顔を上げて大丈夫と声を張った。
