第7章 Catalyst
「ひゃ、」
「やっぱ辛いか」
「う……がんばる」
服越しに伝わる感触に背筋が冷え、鳥肌が立つ。皮膚の下で綿がスタンバイしているのがわかる。間に挟まれて行き場を無くした手で、彼のシャツの胸元を握った。
USJの時のことを思い出す。あの時も、こうやって助けてくれたんだっけ。
どうしてあの時は大丈夫だったんだろう?
背中に置かれた轟くんの手は動くことなく私の反応を待っている。私は震える唇を噛み、彼の顔を見上げて頷いた。
轟くんは頷き返して、背中に置いた手を焦れったいほど、徐々に、徐々にさするように撫でる。
怖い。
体の奥の方から闇が迫ってきて飲み込もうとしてくるような。
ぶわわ、と背中から綿が出るのを感じ、きつく目を閉じて頭を横に振った。轟くんはすぐに両手を離して私の身を案じた。
今動いたら余計歯止めが効かなくなる気がして、轟くんにしがみついたまま浅くなる呼吸を整えた。
だめ……恐怖に飲み込まれたら終わりだ。
心臓がアラートを鳴らし、頭に痛みが走る。深呼吸して彼の胸元に頭を預けた。
「だ、大丈夫。もっかい、して」
「大丈夫じゃねぇだろ」
「お願い」
なにか、掴めそうな気がした。脳裏に掠める白黒の、記憶の破片──ここでやめたら見失ってしまうかもしれない。
轟くんの咎めるような眼差しを真っ直ぐ見返して懇願した。
「……だめだと思ったらすぐ言え」
「うん!ありがとう」
反対だって顔をしながらも溜息を零して承諾してくれた。嫌な役をさせてしまって申し訳ない。
轟くんは行き場無く宙に浮かせていた手をもう一度、背中に触れさせた。背中の下の方には綿が積もっていて腰に回された手はそれに沈みこんだ。
心臓が強く音を立てる。怖い。怖いけれど、そんな事言ってたらいつまで経っても変われないから。
寒気と今すぐ彼の胸を突っぱねて逃げたい気持ちを押し殺す。
大丈夫、大丈夫。
自分に言い聞かせて目を閉じる。背を這う掌の感覚。心の奥底にいる自分が、これ以上触らないでと叫んでいる。
ずきん、と頭に刃物が突き刺さるような痛みが走って、知らない男の人の顔が思い浮かんだ。