第6章 Ripple
「明日、お母さんに会って、話してくる」
轟くんは握った左手を開く。その手のひらには綿の羊がいた。試合中ずっとそばに居たのかな。羊はどこか誇らしげに佇んでいた。
「うん、がんばれ。……いってらっしゃい」
笑って伝えたら轟くんは顔を上げてわずかに微笑み、また羊を握りしめた。
「ありがとう」
「私は何もしてないよ」
「前も言ったろ。綿世といると落ち着く」
「んー実はマイナスイオンの個性だったりして?」
「なんだそれ」
くすっと笑った轟くんは随分和らいだ表情をしていて、思わず見とれてしまう。轟くんの笑った顔が見られて嬉しかった。
「本当にそうなのか?」
「まさかー冗談だよ」
「そうか……じゃあ、なんでだろうな。綿世が笑うと安心するし、こうして話してるとこの時間がずっと続けばいいと思う」
「私もだよ。轟くんが笑うと嬉しい。今日一緒に帰れてお話し出来てよかったよ」
同じ気持ちなんだと安堵した。私と同じように、轟くんもこの気持ちが何なのか疑問に思っているようだ。いつか答え合わせをする日が来るのだろうか。夕日に照らされた歩道を歩くと、通りの喧騒が遠くに聞こえた。
私が轟くんの顔を横目に見ると、轟くんもちらりと私を見て首を傾げる。特訓のこと相談しようかと思って、やっぱりやめた。
彼がお母さんと会って話してからでも遅くはないだろう。今はゆっくり考えて、ゆっくり休んで欲しいと思った。
何でもないよ、と首を横に振ると、轟くんはふと思い出したように口を開いた。
「明後日も休みなんだよな」
「そうだね」
「綿世がよければ少し会わないか」
「え?うん、いいよ」
朝晩はトレーニングと勉強があるから昼頃はどうかと提案したら、昼食を一緒にとることになった。近所に美味しいお蕎麦屋さんがあるらしい。私も行ったことあるかも?すぐに思い出せないから、そうだとしてもかなり前の話だろうけど。
「轟くんはお蕎麦好きだねぇ」
「ああ。綿世は?」
「私もお蕎麦好きだよ。夏は冷たい素麺かお蕎麦ばかり食べてる」
またいつもみたいに他愛のない話をして電車に乗る。彼といると時がゆったりと過ぎるように感じるのに、存外あっという間に家の前に着いてしまった。