第10章 Infatuate
*
来たる日曜日。今日は午後から轟くんのお家で勉強する。
轟くんはお父さんは留守だって言ってたけど、それでも何だか緊張する。失礼のないようにしなくては。
玄関で靴を履いて傘を手に取った。
「まり、ケーキ忘れてるー!」
「あ、そうだった!ありがとう」
お母さんが持ってきた紙袋を受け取る。
中身はいろんな種類のケーキ。轟くん家は和菓子派かなと思ったから、敢えて逆のものにしてみた。
「ちゃんと挨拶するのよ!あと冬美ちゃんによろしく伝えといてね」
「はーい。いってきます」
母に見送られてアパートを後にする。
今日はあいにくの雨だ。傘を開き、濡れたアスファルトを歩いた。歩く度に地面が水音を立てる。
時折さあっと車が通り過ぎていく。住宅街故に車通りは少ない。
道の端を歩いていると前から誰かやってきたから、避けようとさらに端に寄った。
「綿世」
「わっ」
咄嗟に傘をやや後ろに傾けると、目の前に紺色の傘を差した轟くんがいた。
「びっくりした……轟くんだとは思わなかったよ」
「悪ィ。家まで迎えに行こうと思ったが、間に合わなかった」
「近いんだから迎えなんていいのに」
くすくす笑うと轟くんも頬を緩ませた。
短い道中、彼のお母さんのことを聞いた。元気そうだと聞いて安心した。
轟くんのお家は日本家屋だ。門をくぐり、彼に続いて玄関に上がった。
「お邪魔します」
「緊張してんのか?」
「んー、少し。轟くんち凄いね」
照れ笑いを浮かべて靴を揃えるとぱたぱたと足音がして、それから明るい声が響いた。
「いらっしゃい!って、え、女の子!?待って焦凍、聞いてない」
「言っただろ。友達が来るって」
「いや、男の子だとばかり……あっごめんね!どうぞ上がって」
冬美さんはずり落ちた眼鏡を押し上げて微笑んだ。
綺麗な人だなぁ、と思わず溜息を零した。