第10章 Infatuate
知らず知らずのうちに表情を曇らせていたのか、呼び戻すように声をかけられた。
「綿世、どうした」
「んーん!考え事。帰ろうか」
明るく振舞ってみせて帰る支度をしようと彼の腕の中から抜け出す。しかし、掴まれた手に私の足はその場で止まった。
轟くんの手の温度で私の手の温度もじわりと上がっていく。
どうしたのかと彼の顔を見上げる。
整った顔立ち。
何か言いたげに開いた唇はやがて一文字に結ばれる。
火傷の痕の上で紅の髪が揺れた。
目にかかる前髪に手を伸ばす。撫でるようにこめかみに寄せると、伏せられた睫毛に手が触れた。
綺麗。
呟いた心の声。
火傷の痕にそうっと触れて、それから手を下ろそうとした。でも、轟くんの手がそれを許さなかった。
もう少し、と言うように重ねられた手は思いのほか節榑立っている。
以前までの私はこの手の感触が怖くて堪らなかった。それなのにあっという間に塗り替えられてしまった。
もう何度この手に触れて、触れられたのだろう。
轟くんを見上げたまま思いを巡らせた。
「また考えてるな」
「何考えてるでしょう?」
「また綺麗だとか言うんだろ」
「わ、正解だ」
満更でもない様子の轟くん。
くすくすと笑うと轟くんは手を解いて私の頬に触れた。
「俺は綿世の笑った顔のが綺麗だと思う」
また素で言う……そういうこと。
轟くんは猫に構うみたいに、私の頬を指の背で撫でる。
平然とした顔で私のペースを乱す彼に反抗したくて頬を膨らませた。
「フグみてぇ」
指先でむに、と頬を潰される。
可愛いとか綺麗とかフグとか何なの。
なんだかからかわれているように感じるけれど、轟くんにそんなスキルがあるとは思えないから諦めてフグを受け入れることにする。
大変不服だが。
「食べたら食中毒なるよ」
「やべぇな、さっき食っちまった」
「あー手遅れだったねえ……」
意外にも冗談に乗ってきたから可笑しくて笑った。未だ唇に残る余韻が私の頬を染める。
特訓てなんだっけ。
でも、大丈夫だったな。
達成感みたいなものは無いけれど、心の中は轟くんの温もりで満たされていた。