第10章 Infatuate
轟くんはバツの悪そうな表情で私の頬に触れ、水滴を拭うように撫でた。小さく紡がれた謝罪の言葉に胸が痛む。
こんな顔をさせたい訳じゃないのに。
嫌じゃ、なかったのに。
なんで涙が出るのか。自分が嬉しいのか、悲しいのかもわからない。それよりも轟くんが悲しそうな表情をするのが嫌だった。
頬に触れた彼の右手に自分の手を重ねるとひんやりとして心地良かった。
「泣かないで」
「泣いてんの綿世だろ……また、泣かしちまった……」
これ以上悲しい顔をしてほしくなくて濡れた目元を拭う。
そして辛そうに影を落とす彼の頬を摘んだ。
「泣いてないよ」
目をぱちくりさせる彼にふにゃりと笑ってみせる。
頬から手を離すと轟くんは表情を和らげながらも申し訳なさそうにして、私の頭を抱え込むように抱きしめた。
「……怖かったよな」
「まぁ、怖くなかったといえば嘘になるかな」
「わりぃ、歯止めが効かなかった」
轟くんの顔をじっと見つめる。さっきの行為はどういう意味なのか、言葉を選びながら問いかけた。
「轟くんは、誰にでも、その……さっきみたいに、するの?」
「しねぇ。こんなのは綿世が初めてだ」
私が、初めて。
頭の中で繰り返すと、思考がはっきりしてじわりと顔に熱が集まる。
胸に手を当てて脈打つ心臓を宥めた。
何故キスなんてしたのか、したいと思ったのか。聞きたかったけど言葉が出てこなかった。
「……また、してもいいか」
「えっ!?」
「次はちゃんと訊いてからする」
「待って、なんで?」
この人は何を言ってるの。どこから突っ込めばいいのか分からなくて、とりあえず真意を確かめようとしたけれど轟くんは沈黙した。
「……」
「轟くん?」
「……特訓だ」
絶対うそだ。うその顔してる。
轟くんの真顔に苦笑して、丁重にお断りした。