第10章 Infatuate
泣くのは誰もいない場所で。
いつの間にかそれが私のルールになっていた。雄英に入ってから何度か違反してるけれど……。
我ながら甘え下手で不器用な子供時代だった──自分の過去を振り返り、嘲笑した。彼の抱えてるものに比べたら私の過去なんて些細なものに思えてくる。
轟くんの気持ちは分からないけれど、何にせよ私に出来ることはこれくらいだろうと彼の髪を梳くように撫でた。
「抑えなくていいよ。くっつくのどきどきするけど……怖くないし、温かくて好きだよ」
「いいのか、本当に」
「いいよー私がしんどい時いつも救けてくれるでしょ。お互いさまだよ」
轟くんといるといろんな感情が溢れてくる。
嬉しい、恥ずかしい。温かい、触れたい。
救けたい、守りたい──。
やっぱり、好き、なんだな。
しまっておいてもすぐに蓋を開けて出てきてしまう。もうこのまま伝えてしまおうか。
彼の髪に触れながら、そっと目を閉じた。そうしたらふわふわした気持ちも落ち着く気がした。
「綿世」
顔を上げた轟くんの瞳には私が映っている。なに、と言うより先に彼の顔が迫ってきて、あっという間に視界が埋め尽くされる。
私の思考は真っ白になった。
「っんん……」
唇に感じる柔らかい感触。間近にある閉じられた瞳。
赤い前髪がさらりと私の顔に落ちた。
まるでスロー再生でもしているみたいに、一連の動きが遅く感じた。
唇が離れる。浅く呼吸するとふわりと綿が生まれて、自分とそれから轟くんに纏わりついた。
声にならない声を発して、やっと何が起きたのか理解した。
真っ白な頭の中に幾つもの問いが生まれ、やがてぐしゃぐしゃに埋め尽くされる。何から考えたらいいのかわからない。
気づけばぽたぽたと水滴が零れ落ちていて、それは私の頬を濡らした。
私、なんで泣いてるんだろう。
涙を流しているのは確かに私なのにその理由が見つからない。
だからかこの涙が自分のものでは無いような気がしてならなかった。