第10章 Infatuate
背中に微かに感じる温もり。
ぴったりくっついているわけじゃない。でも、髪をくすぐる吐息が確かに距離が近いのを示していた。
「怖くねぇか」
「う、うん。怖くないけど……どうしたの?」
私は振り返らずに彼の腕に目を落として問いかけた。
「あんま特訓って意識しねぇ方がいいと思った。緊張すると余計身構えるだろ」
これもこれで、緊張するけれど。
轟くんは私の気も知らずそういうことをさらっとやってのける。
腰に触れる腕。意識すればするほど擽ったく思えた。
徐々に、心音が速まっていく。
なんで私こんなにも意識してしまってるの。
前はそんなこと無かったのに。
耐えかねた私は出来るだけ優しく彼の手を解き、体の向きを反転させた。
「どした。嫌だったか?」
「ううん!違くて、その……」
「……あぁ、こっちか」
轟くんは向き合った私の手を引いて懐に収めると今度はしっかり腰に手を回して抱き寄せた。
こっちか、じゃない!!
どうかしてしまったみたいに私の脳内では叫び声が響いてる。心臓も煩いし、顔は焼けたみたいに熱い。
「お。耳真っ赤だな」
轟くんは私の髪を掻き上げながら耳の縁に触れる。恥ずかしくて擽ったくて今すぐにでも逃げ出してしまいたい。
うう……だめだ、特訓なんだから。落ち着け私。
こっそり深呼吸をして、冷静さを繋ぎとめた。
「今日は、容赦ないね」
「そうか?」
「そうだよ。いつも、もっとゆっくりというか、慎重だもん」
「……久々だから、抑えらんねぇのかも、しれねぇ」
自覚は無かったが、と付け足した轟くんは、自分のことなのに驚いたような反応をした。
だからといって私を解放するでもなく、髪に顔を埋めながら何か考え込んでしまった。
ふと、数日前にもこんな風に触れられたことを思い出す。
轟くんはもしかしたら誰かに甘えたいのかな。以前彼から聞いた重くのしかかるような辛い過去を思い出す。
幼い頃からずっと誰に頼るでもなく気を張っていたんじゃないかと思うと胸が苦しくなった。
──私もそんな感じだったな。
気づけば母と兄の三人暮らし。忙しい母に、年の離れた兄。家に帰ると私はいつも一人だった。
悲しい顔をしては困らせてしまうからと、いつからか家族の前では泣かなくなり、自分の周りの人達が笑顔でいられるよう楽しいことを考えてはその為に個性を使っていた。
