第10章 Infatuate
通常の座学を終え、ヒーロー基礎学。職場体験明け早速の実習では『救助訓練レース』を行った。
レースでは緑谷くんが皆を沸かせた。まるで爆豪くんみたいに地を蹴り、壁を蹴り、ぴょんぴょんと自在に宙を舞っていた。
そういえばステインとの戦いの時もあの動きをしてたっけ。
個性を使えば怪我をしていたのが嘘みたいで、思わず歓声を上げてしまった。
緑谷くんが怪我するところ、間近で見ることが多かったからかな。怪我を克服したことが自分のことみたいに嬉しかった。
「私も頑張らなきゃ!」
「おお?やる気満々だ!がんばろー!」
「おーっ」
更衣室。着替えながら呟いた独り言に透ちゃんがノリノリで拳を振り上げる。顔は見えないけれどきっとニコニコ笑顔なんだろな。
元気な声に私まで笑顔になる。私も浮かぶ手袋を真似て拳を振り上げた。
「ねえ、何この穴……」
「この壁の向こうは男子更衣室のはずですわ」
ふと、響香ちゃんが壁に空いた丸い穴に気がつき指し示した。それに髪を解いたばかりの百ちゃんが冷静に答える。
「えっ!てことはもしかして……!?」
三奈ちゃんがさあっと顔色を変えて着替え中の胸元を服で押さえた。他の皆も慌てて体を隠す。
これは、つまり、覗き穴というやつ……?
「まりちゃん!あかんて!こっちきて!」
「わわっ……」
よくこんな穴あけられたなぁ、と感心していたら、お茶子ちゃんに手を引かれた。一瞬のうちに私はお茶子ちゃんに庇われるように後ろに移動させられた。
そういえば私も着替え途中だった……。
慌てて脱ぎかけのコスチュームをたくしあげた。覗きなんてするのはどうせ峰田くんくらいだろう。
「響香ちゃん……どう?」
「あぁ、やっぱ峰田だ」
個性のイヤホンジャックを壁に刺して偵察する響香ちゃん。やっぱり峰田くんが何か騒いでいるらしい。
ここからでは微かに声が聞こえるくらいで、なんて言っているのかまでは分からない。
「なんて卑劣な……こんな穴さっさと塞いでしまいましょう」
凄い叫び声が聞こえて、それからぱたりと静かになったからたぶん響香ちゃんが撃退したのだと思う。今のうちだね、と苦笑したら百ちゃんが頷いた。
「……綿世、気をつけなよ」
「うん?どしたの?」
壁際から戻ってきた響香ちゃんは私の肩に手を乗せる。その表情は何だか落ち込んでいるように見えた。
