第9章 Heal
あれから三人より一足先に退院した私は職場体験に戻り、残りの数日パトロールと稽古をして過ごした。
パトロール中に酔って暴れるヴィランを捕らえたり、川に落ちた子供を助けたり。ヒーローらしい活動も行った。
久々の自室で職場体験のレポートをまとめる。文末に句点を打ってからシャーペンを机に置いた。
ものすごく濃い一週間だったなぁ。
うんと伸びをすると肩が乾いた音を立てた。
「まり、チョコ食べる?」
ノックと同時に扉が開いて母が顔を覗かせた。母の手の上の箱には見覚えがある。
これ、お兄ちゃんの店の箱だ。
「食べる!けど、どうしたの?」
「お兄ちゃんから送られてきたのよ。あの子が考案して作ったんだって!向こうの店に並ぶみたいよ」
「おおっ!すごいね!」
兄が店を構える日もそう遠くないかもしれない。そんな日を思い浮かべると口元が緩んだ。
母とリビングに移動して椅子に腰掛けた。
既に温かい飲み物がカップに二人分注がれていた。私が食べるって言う事がわかってたみたいだ。
ころんと丸いチョコレート。艶やかな茶色の上に緑色の網目模様と金色のトッピング。
それを一つ摘んで口に運ぶと、抹茶の香りがすうっと口の中に広がり、やがてチョコの甘みと混ざり合った。
「職場体験…大変だったみたいね。びっくりしたわ。保須へ行くなんて聞いてなかったから」
母は神妙な面持ちで話した。ああ、また心配かけてしまった。母の心労を増やしたくないけれど、どうしようもなかった。
「お母さんね、まりが生まれた時からヒーローにだけはなって欲しくない──って思ってたの」
「えっ……」
唐突に告げられた母の想いに言葉を失った。
「ヒーローには危険が付き物でしょ。死んじゃうかもって不安になるのが嫌なの」
母は私がヒーローを志したその時からずっと応援してくれていた。中学に行けなくなった時、すぐにヒーロー科受験に特化した塾や女性の家庭教師の人を探してくれた。
雄英に合格した時なんて誰よりも喜んでくれたんだ。
だから、そんなこと、全然知らなかった。