第9章 Heal
検査を終え、医師と結果を確認した。怪我なし、数値異常なし、明日には退院だそうだ。
こんなに元気なんだもん。当然だ。
気晴らしに売店へ行こうと財布だけ持って病室を出た。リノリウムの床をスリッパで歩くとぱたぱたと音がした。
広い待合室に受付の順番待ちをする人達が待機している。電話している女性の横を看護師さんが忙しなく通り過ぎて行った。
ゆっくり歩いていると、背後から聞き慣れた落ち着いた声が私を呼んだ。
「綿世」
「轟くん!動いて大丈夫なの?」
「ああ、大したことねぇ。少し、話せるか」
頷いて返事して、疲れると良くないからとソファに座るよう促した。轟くんは大袈裟だな、と呟いた。
並んで座り、彼の腕に巻かれた包帯に眉根を寄せる。私が着く前にステインにナイフで刺されたと聞いた。
「検査はどうだった?」
「問題ねぇ。退院後リカバリーガールに治癒してもらえばすぐ治るそうだ」
「よかった……緑谷くんと飯田くんは?」
轟くんは苦い顔をして僅かに俯き、ぽつりと話してくれた。飯田くんは腕に後遺症が残る、と──。
「そんな……!あの時引き止めてたらっ……こんな、」
「落ち着け。飯田はもう飲み込んでる。だからそんな顔すんな」
もっと出来たことがあったはずなのに。嫌な予感がしていたのに。私は、何も出来なかった。
それでも、一番辛いはずの彼がヒーローの心を胸に立ち直ろうとしてるから。後ろばかり向いてへこんでちゃいけない、と目元を拭って顔を上げた。
「綿世は怪我してねぇか。手とか……」
「手?大丈夫だよ。ほら」
手を握ったり開いたりして見せると轟くんはほっと息をつく。なんで?と首を傾げたら、彼は視線を落とした。
「俺は……ハンドクラッシャーかもしれねぇ。あいつらは笑ってたが、俺に関わった奴は、みんな手が駄目になってる」
「ふふっそんなの偶然だよ。だって私怪我してないもん。ね?」
あまりに真面目な表情で“ハンドクラッシャー”なんて言うから思わず笑ってしまった。励ますように顔を覗くと、轟くんは少し考えてから、そうだな、と呟いた。
「俺がクラッシャーなら、綿世はヒーラーだな」
「ええーそれ轟くんだけだよ」
「俺専用か」
そういう意味で言ったんじゃないけど……。
轟くんがどこか嬉しそうに見えたから、それでいいかって笑みを零した。