【DC】別れても好きな人【降谷(安室)※長編裏夢】
第90章 いらない記憶
「○○さん、意識戻ってよかった。事故に巻き込まれたって聞いて」
「気を遣わせてしまったようで。ごめんなさい、…蘭、さん?」
「はい、正解です!あ、これ、安室さんから預かっていた荷物です」
「……ごめんなさい、私、まだ記憶が戻ってなくて」
気にしないでください、と笑う毛利蘭さんは、私が目覚めてからそのお父さんと預かっているという小学生と共に訪れ、私の顔を見て、心から安堵した様子の三人になんだか優しい気持ちになれた。
安室さん。
目が覚めて一番にいた金髪の彼と私は、付き合っていたという。
一か月前に事故に遭った私は、一時はICUに入るほどの危険な状態だったという。そして、危険な状態から目覚めるまで二週間ほど経過し、あの日目が覚めた。
目が覚めてからは毎日少しずつリハビリを増やし、記憶の刺激になるようにと蘭さんは学校帰りの多くに顔を出してくれていた。
……私に忘れられているショックで、蘭さんのお父さんやあの小学生、そして安室さんはもう少し時間がかかりそうだと言っていた。
蘭さんに対しては、少しだけ慣れたけど。
……毎日、私にとっては知らない人が来る環境は少々居心地が悪い。
また来ますね、と帰っていく蘭さんに「無理しないで」と返すことくらいしかできなくて。
「……怖い」
自分が誰だかわからない。
○苗字○○○という名前以外、自分のことがわからない。
これまで何をしていたのか、誰といたのか。
話を聞けば聞くほど、それが私のことだとは思えないんだ。
リハビリ室の外から見える景色。
毎日見かける人がいた。
喫煙所で一服をしている人。
最初は全然気づかなかった。
毎日、毎日、同じ時間にいることに気づいて、なんとなく、なんとなくだけど、その人を見かけることに安心を覚えた。
私を知らない人に安心を覚えるのは、私が私自身を知らないからだった。
眼鏡をかけた、糸目の男の人。
いつも同じ景色に、同じ人がいる。
それがなぜかとても、落ち着いた。
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