第1章 雨の日のクズ
霧の空から、雨がごうごうと降っている。どしゃ降りだ。
視界が悪い日は犯罪者もまた多い。
私は足早に帰路を急いだ。
今日もまた遅くまで働かされた。パワハラセクハラ店長への呪詛を唱えながら、大通りを急ぐ。
そして、どうにかアパートの明かりが見えホッとする。
「はあ……疲れた」
カンカンと安アパートの鉄骨階段を五階まで上がる。
早くシャワーを浴びて休みたい。
そしてギョッとした。
「……!」
私の家の前に、何かが横たわっている!
懐から護身用のスタンガンを出しかけた。
そこで気づく。
倒れているのは見覚えのある影だ。私に気づくとヨロヨロと褐色の腕を伸ばし、
「……チサト……た、助けて、くれ……」
「ザップ。またギャンブルで一文無しになったんですか?」
「悪ぃ。今夜、泊まらせてくれ。その代わり……」
サービスするから? ずいぶんな自信家に聞こえる。
だが愛人を何人も掛け持ちするテクはダテではない。
「仕方ないですね」
「チサト~! ありがとうな! 愛してる!!」
嬉しそうに笑うザップ。
私はニコニコと近づき、
「どいて下さい」
「ぐはっ!!」
野郎を蹴り、ドアを開けるスペースを確保。瞬時にドアを開け、閉め、鍵をかけた。
「泊めるわけないでしょ。どしゃ降りの道端で寝て下さい」
「チサトーっ!!」
ドアの向こうからドンドンと叩く音。
「やかましい! 私から借りた金返してないくせに!!」
「悪かったって! 頼む! 次必ず返すからっ!!」
知らん。聞こえん。私はとっとと上着を脱いでシャワーの準備。
「チサトちゃーん!!」
野郎はまだドンドンと扉を叩く。
だがここは安アパート。
『うるせえ!!』と隣の人の声が聞こえる。
くそう。ここらはヘルサレムズ・ロットに珍しく治安がいい地域だ。極力ご近所トラブルは起こしたくない。
私は盛大にため息をつき、ドアを開けに行ったのだった。
くそ。ただでさえブラック勤務で心身すり減らしてるのに、なんだってこんなクズ野郎に目をつけられたんだか。
クズは家に入るなり態度をコロッと変える。
「ありがとうな、チサト! 愛してるぜ!!」
私を抱きしめ、ちゅ、ちゅっとキスをしようとする。
けど私はバッとクズを振り払った。