第5章 駆引
「このままお前を、攫うと言ったらどうする?」
少しだけ口角を上げて囁いた男に、バランスを崩した私は半身を預けるようにしている。
見上げた目前にある顔は、普通の女を落とすには十分すぎる程整っていた。
私は呼吸を一つ落とし、落ち着きを取り戻して言った。
「不可能だ、お前は私に勝てない。あの日と同じようにな。」
普通の女は、こんな台詞は吐かないだろう。
ローの目は、私の瞳を真っ直ぐ見たままだ。
「そんな身体でよく言えたもんだ。」
相変わらず可愛げのねェ女だな、と言って身体を離すと、私が手にしていた荷物を取り上げ店を出て行った。
相変わらず、読めない奴だ。
しかし、それは向こうにも思われていることだろう。
私はもうひとつ呼吸をし、あとを追って歩き始めた。