第4章 帯熱
夜になると、潜水艦が浮上したため、一人で甲板に出た。
久しぶりに感じる外の空気は穏やかで、目前には美しい星空と静寂が広がっている。
身体が鈍り過ぎていると思ったので運動しようと、持ってきた短剣を取り出す。
剣を翳すと、月明かりが微かに切先の輪郭を縁取った。
優しくて、少し冷たい風が頬を掠める。
私は、最後に見た空を思い出していた。
時間が止まったように、鮮明に覚えていた。
灼けるように熱い胸、肘から下のない右腕はもはや痛覚もなく、遠のく意識の中。
海へと落下しながら見上げた空は、目に入った血で赤く染まって見えた。
焼け焦げたにおいや血なまぐささ、悲鳴怒号叫び声、たくさんの音が私に落ちてくる。
このまま死ぬのなら、私の死にきれない想いを語るのに、ぴったりな空だと思った。
それでいて、とても美しかった。
あの時の赤い空も、今頭上に広がる星空も、どちらも美しいと思った自分に、呆れて笑ってしまう。
単に呆れているのか、笑う余裕があるように演じたいのか、笑って忘れようとしているのか、わからない。
状況を淡々と整理し、今後どうすべきかを優先し、あたたかい食事で誤魔化し、後回しにしていた。
いや、避けようとしていた。
自分と、向き合うことを。
甲板の淵から海を覗くと、穏やかな波に星々がきらきらと映りこんでいる。
流れ星のように落ちた涙がひとつ、水面に真円を描いた。
頂上戦争。
私はルフィを助けに向かった。
しかし、自らの力だけで助けることはできず、深手を負った私たちは救われた。
守れなかった。
出会ったあの日、命に代えても守ると誓ったのに。
弱い自分を情けないと思った。
自分を責めることしかできない程に、私は弱い。
悔しくて堪らない、赦せない。
咄嗟的に、ぎりぎりと握りしめていた短剣を勢いよく右腕へ振り下ろした。
しかし、剣が動かぬ腕に刺さることはなかった。
「俺が繋げた腕を、また落とす気か。」
振り向くと、左腕を掴み短剣を制したローが立っていた。
いつもの無表情で私を見て少し驚いた表情をすると、そっと手を離した。
すまない、と俯くと、私は船内へ駆け戻った。
*
医務室に戻ると、すぐベッドに倒れ込んだ。
あいつはいつからいたのだろう。
そんなに、情けない顔をしていただろうか。
掴まれた左腕が、じんじんと熱を帯びていた。