第10章 情実
「放してくれないか。」
なるべく単調で、無機質な声を出すよう努めた。
「私は”麦わらの一味”だ。」
述べたのは、互いの立場を変えようがない、簡潔で普遍の事実。
「私は、ルフィを海賊王にすると誓った。」
海に戻ればお前は敵だ、と。
いつものように、できるだけ情緒的な言葉を並べ、この場を劇中のひと場面に仕立てることだってできた。
それでも私は、意図して合理的で理性的な言葉を選んでいた。
下手に情を残したくはないから。
少しの沈黙のあと、そうだな、と囁くと腕を緩め、ローは医務室から出て行った。
扉を閉めるパタンという音が、いつもより大きく聞こえた。
ローは私の返答を知りながら、それでも、だからこそ敢えて、まだ行くなと言ったのだろう。
確かめようとしたのだ。
私の気持ちも、自分の気持ちも。
感情的な想いを理性的に制そうとした、精一杯の行動だったのだ。
それは私も同じであった。
“意図して合理的で理性的な言葉を選んだ”のも、私の精一杯だったのだろう。
確かめようとしたのだ。
そして、気づいてしまった。
下手に情を残したくはない、と思ってしまっているのは、既に想いを少し置いてきているからだ、と。
情実に捉われまいとする自分があまりにらしくなくて、くすりと笑った。
「世話になったな。」
口元に笑った余韻を残したまま、がらんとした医務室に向かって礼を言った。
*
その晩、私はハートの海賊団の船を降りた。
鈍色の空は雨の匂いがした。