第10章 情実
頂上戦争で戦力と名誉を欠如した海軍にとって、七武海の穴埋めは最優先事項のひとつだ。
たとえ大きな爪痕を残した張本人だとしても、龍騎士は知名度も戦力も申し分ない。
世間からの人気もさることながら、天竜人にも明媚されている私を、利用しない手はないのだ。
何より海軍は、このタイミングであれば、引き入れに成功する可能性が高いと踏んでいる。
海軍の動向については私も想定しており、この機を利用したいと考えていた。
私の身体、特に右腕は、長い時間をかけて回復しなければならないだろうから、海軍を盾にとれば身の保証が約束される。
それと同時に、私が無事であることを仲間へ示すこともできる。
最も、赤犬はこれを許しそうにないが、センゴクあたりが上手く丸め込んだのだろう。
今のところ、こちらの思惑通りの展開になりつつある。
そう、海軍の事情も、私の都合も、ローは同様に予想していたはずだ。
それなのに、この男は今、私を抱きしめて「行くな」と言ったのだ。
後ろから抱えられたせいで、背がじんじんとあたたかい。
回された腕を左手で掴むと、男にしては細身な四肢をしているが、がっしりと逞しいことがわかる。
優しく肩を掴む指に、少しの力が加えられたのを感じた。
「お前を行かせたくねェ、xxxx。」
ローの声はいつもの淡々とした調子ではなかった。
僅かに感情が混じっているような、抑揚のある声。
一体、どんな顔をしているのだろう。
こちらの調子が狂いそうになる。
七武海への参入が罠だと思ったのだろうか。
いや、その可能性は低く、考えにくい。
私は当惑し、思考を巡らす。
“このままお前を攫うと言ったらどうする”
あの言葉が本当だったとしても、理由が分からない。
なぜ今は「まだ行くな」と言ったのだろう。
有無を言わさぬのでなく、猶予を与えるような言い様。
このままローの下で治療に専念し、治ったら解放するとでも言うのだろうか。
何の得がある。
…違う。
打算などではない。
本当は直感的に知りながら、目を背けていたに過ぎない。
本当は、知っている。
感情を押し込んだような声の理由も。
私の返事が始めからひとつしかないことも。