第2章 微熱
「目ェ覚めたか」
何を見るでもなくぼんやりと前方を眺めていると、低く単調な声が聞こえてきた。
やや俯いた状態のまま声の方に目だけ向ける。
そこには、読んでいた本を置き、こちらに歩み寄ろうとしている男がいた。
思考することを拒否するように、私は一方的に与えられる視覚情報をただただ受け入れ続ける。
近付いてくる男の顔から、じっと目を離さずにいた。
「もう身体を起こせるのか。驚いたな。」
再び声をかけられると、今度は反射的に、この男を知っていると思った。
小さく音を立てて沸騰し始めた水のように、停止していた重い頭が少しずつ思考を開始していく。
この男は、つい最近見たことがある。
どこで。
シャボンディ諸島の、そう、オークション会場に、いた。
ぽつり、ぽつりと断片的な記憶を呼び起こす。
時系列はわからない。
それから、海、船の上で。
その時見えたのは、空、赤、ヒト。
私は、何をしていた。
落下していた。
全身が灼けるようだった。
戦っていたから。
誰と、
頭の中で、何かがぴたりと噛み合ってはっとした時には、ついさっき目の前に広がっていた光景が、一気に頭を駆け巡った。
(!!)
咄嗟に男の腕を掴んで声を出そうとしたが、全身を劈くような痛みが走り、呼吸が詰まった。
あまりの苦しさに自分の胸を掴み、前屈みになる。
「動くな、傷口が開く」
呻くように咳を絞り出すと、手のひらには赤黒いものが付着する。
肩でゆっくり呼吸をしながら、初めて自分の身体を見回した。
私はベッドの上で、半身を起こしている。
身体中包帯で覆われ、左胸のあたりに血が滲んできていた。
全身ひどい痛みだが、右腕だけは何も感じない。