第7章 煽情
雨上がりの夜は少しひんやりとしていた。
久しぶりに響かせた歌は、湿度を纏ったせいかいつもより柔かであったたが、それでも空気がビリビリと振動し、全身痺れそうになる。
跳ね返る宛てのない音は空中の粒子と衝突すると、光を放出して海へ落ちていく。
私はくすりと笑みを浮かべると、振り返って言った。
「私の歌を特等席で立ち聴きか?」
甲板の中央に立つ私は月明かりに照らされて、微かに影を落している。
優しい海風が心地よく、亜麻色の髪は弄ばれる。
星が見えない代わりに、音がきらきらと落ちては消えていく。
「相変わらず妙な歌だ。」
「これは冬の歌、空気がもっと冷えていれば雪や氷が降るんだ。」
私の歌声には特徴があった。
その歌は花を降らし、虹がかかり、雪が舞う。
私が劇場で人気を博した理由の一つだ。
科学的な観点では、声帯が特徴的な振動を起こし、空気中の分子と衝突することで起きる現象と言われている。
幼いころは、絵本の中の龍のように、炎を吐いたり、雷を起こしたりするのに似ていると思っていた。
「それで、お前は何をしに来た?」
「お前がまた腕を刺さねェように、見張ってるだけだ。」
先日のことを思い出し、私は無言で顔を背けた。
「動くようになったとはいえ、その右腕はまだ完治してねェ。鍛錬もいいが負荷をかけすぎるな。」
「わかっている…だが、一刻も早く」
「麦わら屋のために、か?」