• テキストサイズ

【名探偵コナン】幸せを願う

第4章 暗転と覚醒







「それでは明日、お待ちしております」
「ええ。お気をつけて」

北村彩葉。自身の婚約者という立場にいるこの女性の笑顔を降谷は見たことがなかった。
いつも憂いを帯びた瞳で奮い立たせるように口元に弧を描くその姿に、何故か毎回一度しか会ったことのない元恋人だという女の顔がちらついた。

組織の残党の処理も終わり、エースと呼ばれた降谷零の後任を育てるためにと予てからの昇進を受け入れた降谷の顔はトリプルからダブルへと減り、三日後には安室透も消えることになっていた。潜入というリスクの高い捜査をしない分、指揮や書類といった内勤が増えたが、それでもほぼ毎日家で休める程度には時間が作れていた。

だからこそ、お互いの為人を知るために週に一度の頻度で顔を合わせるという上司の言葉が通ってしまい、面倒くさいことになったと顔を顰めたのも記憶に新しい。

週に一度の逢瀬と揶揄われた意味のない顔合わせも終わりに近づき、いつもと同じ顔で、声で、また来週と頭を下げると思っていた彩葉は、どういった心境の変化かは定かではないが初めて意思の強い瞳で降谷を射抜き”今回の縁談についてお話したいことがあります”と切り出した。

「ここで、ですか?」
「いえ、私名義で借りている部屋で。ですから降谷さんのご都合の良い日を教えていただけますか?我儘を言って申し訳ないのですが、出来るだけ早い方が良いのです」
「…明日の夜になりますが」
「構いません」

人が変わったように凛とした瞳を向ける彩葉を訝しむ降谷の脳裏で、小さな気泡が弾けた。

『零くんの都合の良い日を教えてくれる?』
「…悪い。大分先になるかもしれない」
『構わないわ。待ってる』

膜を張ったように籠る声はそれでも優しく、凛としていると感じた。覚えのない記憶を蟀谷に手を当て手繰り寄せる。ぼんやりと浮かぶ映像は人がいることは分かるが、肝心の顔は靄が掛かったように分からなかった。





.
/ 39ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp