第5章 シンガポールの“暇”(いとま)
まさか数分前、彼らも来ていたとは
私がもう少し早く来てたら、鉢合わせしたということか
「ひょっとして、知り合いかい?」
「た、多分…うちの知人です」
「へえ~修学旅行ってやつか。今はシーズン真っ盛りだからな~」
屋台のおじさんは、さっき来た2人の高校生と同級生だと勘違いした。
そして由来は、スリの男をこてんぱんにしたのは承太郎だと考えた。
本当は花京院だと知らずに。
「でも…いくら正当な理由でも、もし担任がいたら停学になってたかもしれないよ。あれは教師だけでなく同級生も手を焼くだろうね~」
「そ、そんなことありません…」
由来は紙コップを握りつぶした。
「確かに、周りからしたら少し横暴というイメージがあり、近寄りがたいかもしれません。でも…」
この時、保健室での出来事を思い返した。
「身を挺してまで、私を庇ってくれたことがあるんです。それくらい本当は他人思いで優しい人なんです……と、私は思います?」
由来は今まで、仲間との会話は必要最小限くらいしかしない。
年長者のジョセフの指示は絶対とし、自分の意見は口に出さない。
ましてや赤の他人に対しても。
でもしかし何故今、こんなに言ってしまったのか
知ったかぶりのような口を
いつもなら、苦笑いとかで受け流すはずなのに
会って1週間しか経っていない彼のことを、よく知っているわけでもないのに
由来は今の自分の発言にハッとなり、言葉の最後が疑問系になった。
「ああ別に悪口じゃあないんだ。
ただ気ィつけろよ。いくら観光地でも人気のないところは危ないからな」
「はい」
(確かにそうだけど、イタリアよりは治安はいい)
時間的にも、そろそろ行かなければ。
「ではこれで」
くしゃくしゃの紙コップを渡し、店の屋根の影を出て暑い日差しの中に入った。
「素敵な髪留めですね」
ピタッ
由来はおじさんの唐突な言葉に足を止め、頭の後ろに留めている装飾に触れた。
「ええ…とても大事なものです。大事な人が持ってたものですから」
そして今度こそ、屋台の前から姿を消した。
(あの嬢ちゃん。全然汗かいてなかったな…)
ゴゴゴゴゴ
おじさんは立ち去ったことを完璧に確認してから、電話をかけた。
「行ったぞ」