第5章 シンガポールの“暇”(いとま)
〈外〉
「そこの若い子ちゃん!」
太陽が照っている蒸し暑い中、
屋台のおじさんが暑さに負けないくらいの威勢のいい声で客引きしていた。
日焼け対策なのか、フードを被っている女性に躊躇いもなく声をかけた。
「いくら白い肌を守りたいからって、こんな暑い中でそんな暑そうな格好じゃ、このシンガポールでは持たないよ! 良かったら、ヤシの実のジュースなんてどうだい?」
さすが商売しているだけあって、先導の仕方も自然だ。
「すいません…人と待ち合わせしていて。それに今はあまり持ってなくて」
「いんや、金はいいさ! せっかくシンガポールに来てくれた観光客をバテさせるのは、商売人として許せない。試飲程度のものしか出せないが、どうだい?」
「…そうですね。ありがたく頂きます」
屋台のおじさんの寛大な心に甘えることにした。
屋根がついているカウンターの前に寄り、フードを外した。
おじさんがヤシの実のジュースを用意している間、色々と声をかけられた。
「嬢ちゃん観光客だろう? どこから来たんだい?」
「Japanです」
「おおー、やっぱりそうかい。肌の焼け具合でここの人じゃあないことはすぐに分かったからねえ」
「流石ですね」
コップ一杯を差し出され飲んでみると、口いっぱいに果実の甘さが広がった。
(おいしい…)
普通のジュースだと食品添加物や食用色素をよく使う。
しかし、ただ今絞ったばかりの果実100%のジュースには人工的なものが一切入っていないため、自然の恵みそのもののような優しい味がした。
「うまいだろう?」
観光客は満足そうに頷いた。
「そりゃよかった!
あと気をつけろ。ここにはよく君みたいな観光客が来るから、その分スリが多いんだ」
おじさんが指さす方向を見たら、見せる入る気配もない怪しそうな男がこちらを見ていた。
目が合うと、男は誤魔化すようにそっぽ向いた。
「アイツ、さっきこてんぱんにやられたってのに懲りない奴だな」
「え? さっき、スリに失敗して誰かにしてやられたのですか?」
「ああ。妹みたいな子を連れた学ラン着た2人が数分前うちに来てな。多分日本人だったかな~。その内の1人が財布を盗まれた途端、アイツをボコボコにして…」
絶対 “あの人”(承太郎)だ…
由来はすぐにピンときてしまった。