第5章 シンガポールの“暇”(いとま)
渡すというより押しつけるように手紙を由来にあげ、花京院はこつ然と姿を消した。
「……」
バタンッ
取り残された由来は取りあえず空いている扉を閉めて、自分の部屋の中に入った。
花京院に渡された手紙が入った封筒の裏と表を確認した。
見たところ真っ白だ。
早速、封筒から手紙を取り出して読んでみた。
『由来。この下に書いてある時間にこの場所で待っていてくれないか? 君に伝えたいことがある 花京院』
その文章の下には、指定時刻と建物の住所が書いてあった。
このホテルから歩いて20分のところだ。
何故わざわざこんなところに呼び出すのか。2人にならないといけないくらい、そんな大事なことなのか?
「このことは内密…ねえ」
由来はポケットからライターを取り出して、手紙を燃やした。
ポケットに入れるより、この方が証拠隠滅になる。
住所は覚えた。
普通の女子高生は、男子からもらった手紙を読んですぐ燃やすなんてことはしないが。
燃えカスは窓からの風で外に流れていった。
風につられて、由来は外の景色を見た。
外は風が気持ちよさそうで、海は空に負けないほど美しい青色だ
緑の葉のヤシの木が、海の青を際立たせているように列になってるのもこれまたいい
こんなきれいな景色が見れるとは
あのどす黒く真っ赤に染まった頃からしたら、想像もつかないだろう…
「そういえば、さっきの花京院くんの顔も赤色だったな」
コンコンッ
「失礼します。お部屋の掃除に参りました」
ホテルの掃除人が1010号室の部屋のドアを開けた。
「ってあれ?」
しかし誰もいなく、窓だけが空いていた。
「おかしいわ。鍵はされていなかったのに、誰もいないのかしら?」
お手洗いやシャワー室にも誰もいない。
鍵をかけ忘れてしまったくらいおてんばなお客さんだったのかしら?
疑問に思いながら、掃除人のおばさんは掃除をし始めた。
「にしてもこの部屋、やけに涼しいわね」