第5章 シンガポールの“暇”(いとま)
アンが指さした先のベッドには、確かに誰かが寝ている後ろ姿があった。
その比較的華奢な背中にきれいな黒の後ろ髪は言うまでもなく由来だ。
狸寝入りではなく間違いなく寝ていた。
(こんな真っ昼間に…?)
「由来さん、昨夜から寝付かなかったんだと思う。私見たのよ。夜トイレに行きたくなって目が覚めて、2時頃だったかしら?誰がドアの前で立っていたの。由来さんだと思う」
「!」
・・・・・
ドアの前で?
「それで話しかけようとしたけど、隠れて見てみることにしたのよ。けどそこから全く動かなくて。私は数分くらいしたらベッドに戻ったけど」
この時、勘のいい承太郎は由来の行動の意図を理解した。
由来は何も考えずに行動するような女ではない。
集団行動する動物には、睡眠を取る際必ず見張り役を設けることがある。
キリンは、肉食動物に食われないように夜はたった20分しか寝ないと言われる。
(まさか…いつ来るか分からない敵に備えて、夜中もずっと起きていやがったのか?)
昼なら俺たちの誰かしらが起きているからまだ大丈夫だが。
アイツはそれを見越して…
「でも寝る前のさっきね、「旅先だと寝付かないタイプだ」って笑って言ってたわ」
「……」
承太郎は何やら難しそうな表情になり、アンは不思議そうに上目で見上げた。
「用があるなら起こすけど?」
「いや、起こさなくていい」
するとそこに花京院がタイミングよく現れた。
「あ、花京院さん」
ゲームセンターで勝ち取った景品らしきものがいっぱい入った紙袋を持っていた。
どうやら修学旅行の自由時間の時の高校生みたく、ホテル内を満喫していたところだったらしい。
このホテルはプールやゲームセンターなどの娯楽施設も充実しているから、使わなければ損だ。
あまりガラではない承太郎が使うイメージはないが。
「承太郎。君が自らここに来るなんて珍しいね」
そこで承太郎は花京院に頼んだ。
由来の代わりに一緒にチケットに買いに行かないかと。
花京院はそれを拒むことなくOKした。
「じゃあ私も行きたい!外を歩きたいし」
承太郎は部屋にいろと言おうとしたが、“ある”考えが浮かんだ。
そしてアンに輝いた目でじーっと見られたのもあり、仕方なく許可した。