第5章 シンガポールの“暇”(いとま)
敵の情報伝達の速さは確かに予想以上のもの。
探知能力に長けたスタンド使いがいるのか?
いや、それよりまずいのは、このホテルには観光客がたくさんいる。
ここを夢とバカンスの地から殺人現場にするのは、なんとしても阻止しなければ。
もしさっき感じた血のにおいが、ホテルの厨房にある魚や肉のではなく、人だったら…
由来は確かめるべく、外に出ようとした。
しかしアヴドゥルが肩を掴んで止めた。
「待て。ポルナレフのことだから、もう少ししたら来るだろう」
(……)
周りからにも止めとけと念押しされ、彼女はドアノブから手を離した。
「言ったじゃろう。何も言わず独断で行動するなと」
「す、すいません…私の悪い癖でつい」
ジョセフも若い頃は結構無茶をしたものだが…
飛行機を何度も墜落させては、女装もしたこともある。
「んー。にしても、お前たちも来るのが少し遅かったが、てっきりその呪いのデーボと鉢合わせしたのかと思ったぞ」
由来は姿勢を低くして、申し訳無さそうに口を開いた。
「すいません…私の支度が遅くなってしまって」
小さく手を挙げて、自分が悪いと名乗った。
いや、彼女の支度はそんなに時間はかからなかったが。
なのに彼女が挙手したのは、その方が平和的に解決すると思ったからである。
人は日常生活で、些細なことでもトラブルはよくある。
その中で争いが起こり、第三者はそれを哀れだとか醜いと蔑む。
兄弟で勝手にプリンを食べたことで揉め、親が双方とも叱る。
この光景も日常内でのトラブルだ。
由来は日常の中でこんなことをした。
同級生がうっかり宿題を忘れた時のこと…
ある女子高生が鞄の中をくまなく探したが、宿題のノートが見つからなかった。
しかもその授業の教師は提出物には特に厳しく、廊下に立たされるのは免れない。
仕方ないと席から立ち上がった。しかし、
スッ
“!”
いきなり、自分の机の上に他人のノートが置かれた。
ビックリして顔を上げ、そこにいたのは…
“兎神さん?”
なんと、一度も話したこともない同級生が自分に宿題のノートを渡したのだった。
彼女は理由を聞かれるより先に、そのまま教卓の前に行き、周りに聞こえるくらいの声で言った。
「すいません。宿題、忘れました」