第12章 クーリング ダウン
「た、誕生日?僕は君の好きな食べ物でさえ聞いたことがないのに」
いや、正確に言えば、彼女が自分のことをあまり話さないし、口数が少ないから。
「な、何を言っているんだ?僕は君の誕生日なんて聞いたことがないよ」
「……そう。どうやらあなたは本物だね」
「え?」
由来はドアを大きく開け、自ら外に出て花京院の前に姿を現した。
「ごめん。以前シンガポールで、偽物のあなたに外出を誘われて、同じ手口だったからデジャヴかと思ったの。でも、知らないと断言するということは本物だね」
(なるほど…そういうことか)
謎の緊張感が静まり返り、花京院はホッと一息付いた。
(僕が偽物前提なんてネタにされてないだろうか…)
「それで、何で承太郎はらしくもなくそんなことを?」
「あ、ああ。君は片目をやられて、きっと視界もまだ慣れてないだろうから、街を歩いて少しは慣れた方がいいだろうって言われたんだ」
ここはインドの街ベナレス。日本の街に比べて、人はかなり多い。
敵が目立った攻撃をしかけて、騒ぎを起こすとは考えられない。
大騒動を起こせば、標的である我々を見つけるのは困難になるから。
それに早く目を慣れさせるためにも、今日外出すべきだ。
「なるほど。確かに一理あるな。となると、あなたにリハビリを手伝ってもらうことになるけど、それでも構わないのかな?」
「ああ。僕も別に用事があるわけないし、逆に僕でよければ」
「……」
由来は部屋から出てきて、花京院と共に外へ出た。
「部屋の鍵は持ったかい?」
「うん。じゃあ今日はよろしく頼みます」
2人で街中へ入っていった。
そこは予想通り、いや、予想以上に人混みだった。
高価そうな布や壷。エスニックな品物がずらりと並んでいる。
その見物客もずらりと並んでいる。
快晴の空を見上げると、空の空っぽ具合が何だか羨ましい。
この人混みの中にずっといると、結構疲れる。
(左目だけに慣れるためとはいえ、少しフラフラするな)
こういう人混みの中であれば、リハビリのしがいはある。
誰もいないところより、こういうレベルが高い場所で慣れれば。