第6章 忍び寄る“影”(敵)
「おいやめないか。あとで同じのを買えばいいじゃないか」
女の夫らしき男が、代わりのワインを飲みながら諭した。
「でもアナタ。私はこのワインが飲みたくてこのコースを頼んだのよ」
女はメニューのワインをトントンと指で差した。
「はぁ…大変申し訳あり…」
その時、ピアノの音色がレストラン内を包み込んだ。
『!』
ウェイターも思わず、ピアノの奏者の方に視線を向けた。
「なあ。もうこんな駄々をやめて、演奏を楽しまないか?ここのレストランのワインも確かに絶品だが、この演奏は今しか味わえないんだぞ」
「……」
夫からの言葉もあって、女は怒るのを止めた。
ウェイターは夫に会釈して、持ち場に戻った。
(この曲。カノンだわ。バロックの名曲)
女は奏者の後ろ姿をとても興味深そうに観察した。
(まだ子どもじゃない。しかも服装も場違いだわ。なのにこの滑らかで繊細な演奏。あの年で…一体何者なの?)
女は赤い派手なドレス、化粧はアイラインを濃く引いていて、派手に着飾っていた。
このレストランの食事客の中でも、ひときわ目立つ存在のはずだが、今は違った。
軍服のようなものを着ている。化粧も特にしていない、とても地味な子供が、この場で一番目立っているのだ。
どっちかというと目立ちたがり屋で負けず嫌いな女は、そんな彼女に嫉妬心を抱いた。
が、それと同時に、年齢に負けないくらいの素晴らしい演奏に感銘を受けた。
そんな自分が、少しだけ腹立たしかった。
「ミャオ」
「え?」
足元がこそばゆくて、テーブルクロスの下を覗いたら、そこに猫が一匹いた。
(あら猫?このレストランで飼われているのかしら)
女は猫を抱きかかえると、猫は甘え声でスリスリした。
(はぁ…もしあのワインがあれば、この演奏を十分に楽しめたかしら)
テーブルにふと目を向けると、そこには女が飲みたがっていたワインが置いてあった。
(え!いつのまに…?)
ウェイターが来てもないのに、ワインが自分でここまで来たの?
「何だ。あるじゃない」
猫を床に戻して、女はワインをグラスに注いで、吟味するように飲んだ。
「ん~。これよコレコレ。あって良かったわ~」
女は二口目もおいしそうに飲んだ。
ニャー