第6章 忍び寄る“影”(敵)
「…いいよ」
小さな女の子の小さな声で頼まれたことを、全く躊躇わずあっさりと了承した。
そしてウェイターに頼んで、ピアノのそばに椅子を置いてもらい特等席を作った。
パアァッ
女の子はニコニコしてそこに座った。
リクエストした本人である彼女を優先的に考えるなんて。もし彼女が男であれば、間違いなく紳士である。
由来もピアノの前に座り、すると周りの食事客はまた彼女に注目した。
今度は弾き始めの瞬間も見逃さず、じっくり、息を潜めて。
(あの女の子、どんな曲をリクエストしたんだろうな?)
さっきのクラシックとは違って、ポップなものだったりして
花京院を含めた皆、料理のことでさえすっかり忘れていた。
由来は鍵盤に指を置いた。
ただしさっきと違うところがあった。
それは、腕をクロスさせていたことだ。
左腕を右側の高音の方へ。右腕を左側の低音の方へ。
(さっきと違う?)
(最初の構えが違うなら、曲も違うに違いない…)
(あの日本人らしい女の子。次は一体どんな曲を弾いてくれるのだ?)
常連客でもあまり見ないフォームを奇妙に思いながら、さらに期待が高まる。
多くの聴衆に見守られながら、そして再び彼女の音色は奏でられた。
第一印象は、“速い”。
両手指ともに動きが速いにも関わらず、音はあいも変わらず安定している。
音は段々と大きくなりクロスした腕を元に戻し、一気にサビらしきパートへ入った。
雨が急に激しく降り出したように、前奏からあっという間だ。
抑揚をはっきりつけたエネルギッシュな音色。
サビまで長い前奏があり、物静かでリラックスできるようなゆったりとした『カノン』とは明らかに対極的な曲。
聴衆はそのムードの違い驚きながらも、違う感銘を再び受けた。
しかし“何の曲か”は誰も分からなかった。ここにいる誰もが、聞いたことがない曲だった。