第6章 忍び寄る“影”(敵)
『!』
店の中の誰もが談話を止め、彼女に注目した。
皆が想像するピアニストとは、タキシードやドレスなど着飾った人だ。
ここは少しお高めのレストランだから、食事客は意外と富裕層が多い。
常連客の中には、演奏を楽しみに来る人もいる。
食材では味わえないスパイス。ディナーの後のデザートとはひと味違うエンターテイメント。
そして夜しか公演されないという特別な一時。
なのに今は真っ昼間。
しかも弾いているのは、成人にもなっていない子供。
フォーマルな服装ではない、軍人っぽい格好をした女の子だ。
演奏者としては、TPOに従った服装ではない。
いつもと全然違うゲストに、常連客は焦った。
しかし言葉を失ってしまうほどの見事な演奏に、面を食らってもいた。
いくら着飾ったとしても、実力や才能はそれと比例することは全くないのだ。
口にワインを運ぶ時間ももったいないくらい曲にのめり込んだ。
「こりゃ…たまげたわい…」
ジョセフたちも、旅のスケジュールを一切忘れ、由来の演奏に夢中になった。
承太郎もまた。
曲は長い前奏が終わりサビの部分に入った。
サビは一番盛り上がるところで、聴衆が一番期待するところだ。
その分演奏者へのプレッシャーは大きい。
だがしかし、彼女の音色は全くブレるどころかさらに磨きがかかったように安定した。
自転車に乗り出した子供がコツを覚えてすぐ乗りこなせるようになったように。
いつも冷静な彼女自身みたいに、その曲にも、どんなプレッシャーにも耐えうる芯があるように聞こえた。
「どうやら彼女の才能は、“スタンド”だけでは収まらないんでしょうね」
アヴドゥルは微笑んで彼女の曲を賞賛した。
そして曲はだんだんスロウダウンしていき、あっという間に『カノン』はフィナーレを迎えた。
終えるとふたを閉じた。
「ふぅ。一通り弾いてみましたが、多分これでだいじょ…」
「素晴らしい演奏でしたッ!」
!!
途端にあたたかい拍手が彼女を包み込み、ジョセフたちもそれに便乗した。
「??」
あまりの大喝采で、彼女は目の置き場に困った。
点検のために弾いただけなのに…
(え、いつからこんな注目されていたの?)
どうやら彼女も、周りに見られていたことに気付かないくらい、演奏にのめり込んでいたようだ。