第5章 シンガポールの“暇”(いとま)
〈女子トイレ〉
バシャバシャ
由来は洗面台で顔をこれでもかくらい洗っていた。
キュイッ
蛇口を閉めて、鏡の自分の顔を眺めた。
ポタ…ポタ……
顔に残っている水滴が鼻の先を伝って落ちる。
「ハァ……ハァ…」
ゆっくり息を吸って、手を鏡の前の台に置いたまましゃがみこんだ。
(何てザマだな…由来……)
日本を出て1週間が過ぎた。タイムリミットまであと40日と少しというところだ。
私は、この旅にいることを全く後悔していない。
『名前で呼び合った方がいいぜ!』
ポルナレフさんの言葉が頭の中で反芻した。
「“承太郎”……か」
口にしてみたその響きは、耳がこそばゆくなり、でも何だか惹かれた。
けど…
(ポルナレフさんごめんなさい。私は誰とも仲良くする気はないんです)
私はアナタたちと、生きてきた世界が違う…
私が今まで相手を思いやる行いをしてきたのは、一種の贖罪なんだ。
人助けでもしていないと、いつかの自分の過ちが私を呪い殺す気がするからだ。
私は生まれた瞬間から、真っ当な人間ではなかった。
(でも、たとえ真っ当でなくても…今の私にはそれが必然)
なぜ2年前、DIOの手下である“あの男”は私を完全に殺さなかったのか。
なぜDIOが私のことを知っていたのか。
どうやってかは知らないけど、DIOは私のスタンド能力を詳しく知っていた。
知っていたからこそ、あの怪物は…
(私のスタンドを…奪い取った……)
由来は胸の奥からふつふつと湧き出る感情を抑えるように、拳を握る。
その手を広げて、ホワイトシャドウの大きな白いクマの手と重ねてみる。
今にも消えてしまいそうなくらい、白よりも透明な姿だ。