第5章 シンガポールの“暇”(いとま)
由来はコーヒーを飲み終えると立ち上がった。
「すみません。お手洗いに行ってきます」
「ああ」
彼女が去ったのを確認したら、ポルナレフは机に寄りかかってアヴドゥルにヒソヒソ話しかけた。
「なあ、由来って昔からああなのか?」
「“ああ”とはなんだ?それに私たちは、彼女とは日本を出発した前日に会ったばかりなのだ。昔など知らない」
「だってよお、俺由来が笑っているところ見たことねーんだよ。承太郎よりも笑ってねえじゃんかよ」
せっかくの整った顔にさらに魅力がかからないんじゃあないのか。
「あんな気ィずっと引き締めたら、タイヤの空気みたいに心労がものすごく溜まって、そのうちパンクするぜ。俺たちともそんな仲良くする気もないらしいしよお」
するとジョセフが顎に手を添えて、口を開いた。
「確かに一理あるのう……もしかしたら、ホリィを助けることが目的であるから、楽しむわけにはいかないと責任感を抱いているのかもしれんの」
由来は空気を読むあまり、ワシと承太郎に気を遣っているかもしれん
アイツは本当に、他人には優しい娘だ。だが、逆に自分には厳しくしているようだ
インドについたら、息抜きでもさせよう…
しばらく雑談すると、電車の店員が昼食の皿を下げに来た。
「お皿を下げてもよろしいですか?」
「ああ頼む」
慣れた手つきでスイスイと空いた皿をおぼんに入れる。
由来が飲んだコーヒーカップを持ち上げると、
ガシャン
『!』
店員は何かに驚いたように手を滑らせ、カップは床に落ちて割れてしまった。
「も、申し訳ございません!すぐに片付けさせていただきます!」
一番近くに座っていた承太郎は、カップの破片の1つを拾った。
「お客様!危ないですので貰います」
「……」
店員はほうきとちりとりで破片を全て拾った。
「お騒がせして申し訳ございません」
再び謝罪をしてから車両の向こうへ行った。
「ひぇ~びっくりしたぜ。ほうきの扱いとかベテランそうだったが、落とすとはな」
「猿も木から落ちるということですね」
ポルナレフとアヴドゥルとは別に、承太郎はさっき破片を拾った時の手の感覚を思い起こした。
(おかしい……冷た過ぎるぜ)
アイツが飲んでいたのは、ホットコーヒーだったよな?