第5章 シンガポールの“暇”(いとま)
由来は嫌な予感がした。
「え?一昨日の夜、見張りみたいに玄関前で立っていたでしょ?」
・・・・・・
「それ……本当に見たの?」
「!?」
アンは質問の意味が分からず、何かとんだ勘違いをしたのかと焦り始めた。
ド ド ド ド ド ド ド
(え?じゃあ私が見たのって……幽)
「あ、ごめん。やっぱり私起きてたかも」
ズコッ
由来は自分の後頭部に触れて、アンは心配損をしたのと、由来のおっちょこちょいにやれやれと思った。
由来は駅の時計を見たら、自分たちが乗る列車が来るまであと2分であることに気付いた。
「じゃあ私はもう行く。君も好奇心旺盛でも、危ないことにはもう関わらないでね」
駆け足で皆の元へ向かおうとした。
「ごめん!!」
「?」
アンが急に大声を出したので、由来は頭の上に“?”を浮かべた。
「どうしたの?」
「実は、由来のその髪留めの“中”…勝手に見ちゃったの……」
「!」
由来は自分の頭のそれに触れた。
「昨日言おうとしたんだけど言いそびれちゃって。す、すごく大切なものなんでしょ?“それ”。本当にごめんなさい」
「……」
由来は癇癪を起こさずに、ただ理解した。
アンはお別れを言いたいからだけでなく、自分に謝りに来たんだと。
「……アナタ、本当は礼儀正しいんだね。怒られるのも承知で相手に正直に言うことは普通の人間でも難しい。君がそう言ってくれて私は嬉しいよ」
世の中、汚職警官や賄賂を受け取る政治家もいる。
悪事がバレたらメディアの前でもしらばっくれるばかりで、いい大人でも出来ない人がいる。
バレるよりも先に自ら名乗り出た彼女は、すでに勇気がある。ワシントンのように。
怒るどころか正直に話してくれたから、由来は逆に誉めた。
「あの…その髪留めって……」
由来は頭の後ろから取り外して、アンに手のひらを見せた。
「育ての親がくれたものなんだ」