第5章 シンガポールの“暇”(いとま)
承太郎は飛行機や香港の港でも、自分に近寄ってくる女に対して全く愛想を見せなかった。
それに彼女は見ていた。
石段で承太郎を助けた時のことだ。
承太郎が朝の登校で、女にアプローチされていても全く見向きもしなかったところを。
すごく嫌そうにしていたのを、はっきり覚えていた。
(てっきり女である自分に対しても、苦手意識を持っていると思っていたが…)
だから、私から話しかけることはしなかった。気分を害すると思っていたから
元々私も男子に話しかけるなんて滅多になかったから、別にどうでもよかったけど
「やれやれ」
承太郎は学生帽のつばを摘まんで少し下げた。
「俺はうるさくてしつこい女が好きじゃねえだけだ。いつも電柱みたいに、大人しく突っ立っている奴をどうやったら嫌いになる?」
(今は座っている電柱だけど)
と心の中で思いながら、彼女は口出しせず話を聞いた。
スッ
その時承太郎が自分を見る目が、少しだけ変わったように見えた。
(?)
言い表すのは難しく、なんと言えばいいか。
“切なさ”を感じた。
「…俺はお前の家事情も知らねえし、詮索する気もねえが、考えるに、お前が独りで行動するのは、独りが好きだとか能力の都合だとか仲間と深く関わりたくねえとか、そんな難しい話じゃあねえ。お前はただ、誰かと一緒にいることに、
・・・・・・・
慣れてねえだけなんじゃあねえか?」
「!」
え…?
その言葉はあまりにも衝撃的で、しばらく返す言葉が見つからなかった。
(そんなこと…考えたこと無かった…)
確かに、今までとは状況が違う。だから考えたことがない。
しかもこの人は、私が身勝手に行動したことを咎めるどころか、わざわざその原因をずっと考えてくれていた?
「俺はポルナレフのような奴とは違う。身内以外で女と関わり合いを持つことはなかった。『苦手』ってわけじゃあねえ。だからこうしてお前とベンチで隣り合わせになるのも、お前と同じで俺も…慣れてねえだけだ」
承太郎はまた帽子のつばを摘まんでそっぽ向き、ベンチにさらに深く座った。
その仕草に、彼女はふとこんな言葉が頭によぎってしまった。
“かわいい”