第5章 シンガポールの“暇”(いとま)
『そうじゃったのか! 何だ一緒に行きたいのなら素直に出てくれば良かったのにの。最近の若い娘は積極性がないのう』
「そんな与太話をするために電話したんじゃあねえ。切るぜ」
不機嫌になり電話を切ろうとする孫にジョセフは慌てて前言撤回した。
『とにかく、お前たちはそこから移動しろ。交戦したばかりの場所は残党がいるかもしれんから危険じゃ。花京院のハイエロファントでお前たちをすぐ見つけられるように、人目のつく場所を通りながらホテルへ向かえ。できれば合流するんじゃ』
さすが年長者なだけあり、並外れた戦法だけでなく戦い後の対処もよく分かっている。
かつて“柱の男”という化け物を3人相手に戦った経験値は、何者の戦士にも負けない。
そして因縁なのか、今回の戦いも人ではない化け物だ。
『行き違いになったときはその時考えよう。
あと由来に代わってくれ』
「ああ」
承太郎は電話を耳から離して、後ろを振り向いた。
しかし
「…………?」
ジョセフ側では、由来の声が一向に聞こえない。
また電話を耳に当てる音がしたが、声の主は承太郎だった。
『今は出られねえ。できたら後でかけ直す』
ガチャリ!
「お、おい!」
プー
理由も言わずに一言だけ残した途端、電話は途切れてしまった。
線香花火があっけなく落ちるように、いきなり何の前触れもなく。
「ジョースターさん?どうかしましたか?」
見ていたアヴドゥルも、何か異常事態が起きたのだと察した。
最初は愉快な祖父と辛口な孫との会話だったのに、会話の終盤にジョセフな表情は厳しい顔つきになったから。
「ハァ…ハァ…」
脳内の奥から圧迫されるような鈍い痛みと目眩で、その場で跪いていた。
(何で…今日に限って…)
息もさっきよりも荒く、由来の体調は明らかに悪化した。
「どうした…?具合が悪いのか?」
「!」
意識が遠のきそうになったが、承太郎の声で何とかそれは免れた。
自分の腕をグッと強く握り締めた。
(ダメだ…今は…)
よりによって、“この人”(承太郎)の目の前で気を失うのは…ダメだ……