第5章 シンガポールの“暇”(いとま)
親が殺人鬼という噂が広がれば、それこそ差別を受けることになる。
「利他的な動機だとしても、私はアナタをここで見過ごす気はありません」
「じゃあ嬢ちゃん。アンタは俺を本物の警察に突き出すってわけかい…」
男は諦めがついたのか、その場でドカッと座り込んだ。
「最後に言わせてくれ嬢ちゃん。俺は本当に殺しはしてねえんだ…アンタの言うとおり、てめーの子供に前科持ちの親持たせるわけにゃいかなかったから…」
けどその必要ももうねえ。もう…疲れちまった…
結局、俺は自分の女も息子も助けられなかった
2人とも…すまねえな…
「……」
ゴソット
由来はポケットから何かを取り出した。
それは銃とかナイフとかの凶器ではなく、数枚ほどの紙幣。
ざっと見たところ、700シンガポールドルくらいある。
それを男の前の地面にわざとらしく置いた。
「おい。今度は何のつもりだ?」
「それは…慰謝料と口止め料です。アナタは悪党に利用された一般人として、今回だけは見逃します。少ないですけどここに置いておきます」
「自分が今言ったことを忘れるほど忘れっぽいのかアンタ?」
由来は眉間にしわを寄せた。
「同情じゃあないですよ。私はアンタを正当化するつもりもない。だけど一つ確実にいえることは、私は
罪のない子供の未来まで奪うつもりはないってことだけ」
「!」
もしこの男が警察に捕まり、子供が全ての真相を知ったらどうなるのか?
親の敵討ちをするかもしれない。誰かを殺すかもしれない。愛する父親の名誉と尊厳を守るために
そうなれば、またさらに不幸の犠牲が増えてしまう
どんな人間だろうと、子供には親が必要だ
「私がアナタにどうこう言う資格もない。だけど、アナタが本当に我が子を想う親ならば、相手も自分も殺すようなことはもうしないでください。その子の未来のために。このお金で服でも何でも買ってあげてください」
男は声を出すことが出来なかった。
さっきまで殺されそうになっていた状況とは全く違う。
誘拐しようとした相手に何故そんなことができるのか…
由来は本音のように口から自然と言葉が出た。
「同情してくれても誰も助けてくれなかったから、アナタもここにいるんでしょうね」
「! 嬢ちゃん…アンタまさか…」