第5章 シンガポールの“暇”(いとま)
この男、自分がやったことの罪悪感より、己の不幸さを嘆いた。
承太郎もかつて言ったように、自分のためだけに他者を利用する者こそ悪である。
コイツはその悪に利用された哀れな被害者。だが…
「…確かに私はアナタとは違う。でも他人が他人の気持ちが分からないのは当然じゃあないですか。あくまで“他”の考えを持った“人”ですから」
ゾワァッ
女の周りの空気がまたさらに冷え始めた。
パキパキッ
凍っていた道路の上にさらに新しく氷が張られた。
周りの仲間はマネキンのように、しゃべりもビクともしない。
これほどの低温に、もう死んでしまったか。
「私がアナタに同情したところで、その苦しみを実感できるわけではない。同情を求めたところで、ただ相手に優越感か不快感を与え、自分が惨めになるだけですよ」
由来のこの言葉は、今まで自分自身にも言い聞かせたものでもあった
スタ…スタ…
由来はまたさらに男との距離を縮め、男は冷気の裏に潜む殺気のようなものを感じた。
(コイツはヤバィ…!)
「ヒィッ!く!来るな!も!もう許してくれェ…」
「そうだ、忘れるところでした。私は忘れっぽいのが玉にキズですから。もう一度質問しますので答えてください。
その命令をした男に、他にない何か特徴ありましたか?
両手とも右手とか、もしくは…
・・・・・
右腕がないとか」
もし答えれば解放してるかもしれないと期待を寄せ、男はすぐさま正直に答えた。
「そ、そんな奴じゃなかった! 顔は見えなかったが、四肢は普通だった!ただお前に
“腹を決めろ”って伝言を任されただけだ! かなりお前のことを付け狙ってたぜ!」
「……なるほど。理解した。それは嘘ではなさそう…なら、
・・・・・・・・
もう用済みですね」
「!」
ゾザザザァ
この女、何か妙な構えをしてやがる!
また何か得体の知れねえことをしでかすつもりだ!
「アナタは、これから私が下す審判を理解することも、逃れる事も出来ない」
「ぃやめろォォォォッ!!」
男は目を瞑った。
サァンッ
「?」
体に張り付く冷たい感覚が薄れ、ゆっくり目を開けた。
「!」
男が見たのは驚くべき場景だった。
(さっきまで凍っていた腕が治っている?!)