第5章 シンガポールの“暇”(いとま)
グルグルリッ
怪物の醜い目玉がこちらを捉えた。
登山中熊に遭遇すれば、普通は刺激しないようゆっくり距離を取るのが定石。
なのに「こっち見て」と言うも同然に、大声を出すなんて自殺に等しい。
しかしそれは自分の命を守るのが前提。
この時彼女は自分の命など考えちゃいなかった。
怪物のそばには、気を失っている男女2人が倒れていた。
この人たちもやられてる男と同じ巻き込まれた一般人か。
まだ息がある。今なら助けられる。
「キサマ…ドウヤッテハイッタ?」
怪物が男の喉を食らいながら喋った。
「ワシガミエルキサマ、スタンドツカイ」
ペッ!
咥えていた男の残骸を吐き捨て、そのあまりの残忍さと邪悪なオーラに言葉が出なかった。
「ジャマモノメッスル」
ドドドドドドド
怪物は彼女に向かって突進した。
ヒエェ…
彼女の背後に、とても大きい像が姿を現した。
“凍りつくせェッ!アイスシャドウッ!”
ヒヤリィ…
由来を中心に一面は氷で覆われて、襲ってきた男は全員凍らされた。
「ひ、ヒガァ~ッ」
足も凍らされ歩くこともハイハイもできない。
(ッ! 何でこんな…!)
「観光地で車道を凍らせてしまった。ホワイト“シャドウ”なだけに」
由来は平然と周りの様子を観察して、拳銃を握ることもできない偽警官にゆっくり近付いた。
「知ってますか? フライパンの熱で白い目玉焼きができるように、タンパク質は熱を与えられると、温度変化を起こし変色します。それにより旨味が出るので、料理法の主流としてよく使われます。
一方、冷却すると微生物の繁殖を防ぎ、食物の腐敗を抑える役割をします。アイスクリームに賞味期限がないのもそういうことです」
急に家庭科の教師のような熱弁をし始め、男はさらに訳が分からなくなった。
「食物も、元は生きたものから作り出された物です。人の命が永遠でないように、時間が経てば朽ちていくのが自然の原理です。それこそが生きているということです」
見る見る声が低くなり、この寒い場所とは対照的に汗が吹き出そうな緊張感が漂った。
「つまり…氷とは“生命の流れを止める能力”。凍らされた肉体は生命活動が止まり、徐々に無機物と化すよう死んでいく」