第5章 シンガポールの“暇”(いとま)
(こ…こ?)
真っ暗で奥が見えない
でも確かにここから聞こえてきた…はず
狭い上建物に囲まれているから、音響でさっきいた場所まで聞こえてきたと推測していいのか?
今はあの音は聞こえないけど
彼女は足元に偶然転がっていた野球ボールを、ボーリングのように暗闇に向けて転がしてみた。
(な訳ないか…)
猫が潜んでいるなら、ボールが返ってくるかもなんて思ったけど…
さっきのシャランッ…って音も、猫の首輪によくついているあれかと…
コツン
“!”
くるぶしに何かが当たってきた感触を感じ、恐る恐る下を向いた。
バンッ!
それは、今自分が転がしたボールだった。
(え? いや、ちょっと待て)
・・・・
今私は、目の前の闇の路地裏に向けて転がした
・・
なのに何故、後ろからボールが返ってくる?
後ろはただのコンクリの壁
触ってみても、やっぱりただの壁だ
“……この奥、何かいる”
彼女はブラックホールみたいに、不気味で暗い路地裏へ吸い込まれるように入っていった。
そこはやはりとても暗く、壁に触れながら歩かなければ進めないほどだ。
後ろを振り向けば、自分がどれくらい先に進んでいるかがよく分かる。
もう歩いて2分以上は経っている。
(何なんだこの道は。猫の恩返しみたいな未知の世界にも繋がっている? 猫の首輪についてる…そうあれだ、鈴の音みたいなのが聞こえたから)
実際歩いてみる間、野良猫を何回か見かけた
なんて下らないことを考えている自分を、本当にくだらなく思う
(いや待て。何で…何でもっと早く気がつかなかったんだ私は?)
住宅街の路地裏が…
・・・・・・・・・・・・・・・
こんな長いわけないじゃあないか!
しかも見かけた猫は、全くの同種!
(まさか私はループして…!)
ゴゴゴコゴゴ
彼女はさらに奥の方からとてつもないオーラを感じ取った。
日常で味わったことのない、どす黒い気配…
クシャリ…クシャリ…クシャ
今度は鈴の音じゃなく、何か妙な物音が聞こえてきた。
・・・
咀嚼音みたいな…
月の光が差し込み明るくなったことで、その音の正体が見えた。
「!!」
言葉では表せない異様な化け物が、一般人の男を
・・・・・
食べていた。
「ば、バカなっ! 貴様ッ! 何をしているんだッ!!」