第1章 犬も歩けば棒に当たる
『ひぃっ!』
「だ、大丈夫?」
見知らぬ男に肩を抱かれる格好になったシェイドは、咄嗟に男の腕から抜け出すと、川沿いに30mほど距離を取る。
背後に持ってきた右腕の袖口からナイフを出して、逆手に握る。中腰の姿勢でいつでも突っ込める体勢になる。
静かに殺意を向けながらシェイドは男を観察する。
緑のもさもさ頭、そばかすの顔、赤い靴、白い手袋。そして、私服にしては派手、ヒーロースーツにしては地味な緑のスーツ。
「えっと、君が川に落ちそうだったからつい………こ、怖がらせちゃったなら謝るよ、ごめん」
頭を下げてきた男の後頭部に、緑のウサ耳のようなフードが被る。
シェイドはこの男に見覚えがあった。
否、知らない方が珍しいかもしれない。
『次世代のオールマイト……デク……!』
「あ、僕の事知っててくれてたんだ!嬉しいなあ」
シェイドは体勢を戻し、ナイフをしまって、あからさまに照れて喜んでいるデクに近づく。と言っても、10m詰めただけである。
『あの、質問いいですか?』
「もちろん」
『デクさんの事務所、この辺りではないですよね?』
「うん、そうだよ。救援要請が来たから、こっちに来てたんだ」
『そうですか』
しばらく、風の音と川を流れる水の音だけが世界を支配した。
次に口を開けたのはデクだった。
「君はここで何を?」
『川が汚いなと思って見ていました』
「川が、汚い?」
『そうです。見てください』
シェイドは川を指した。
『ヘドロが底にたくさんあります。これでは下水です』
デクは川を覗いてみる。確かに、ヘドロが底にたくさんあるが、下水ほど臭くは無いと思った。
「下水、は言い過ぎじゃないかな?」
デクは顔を上げてシェイドを見てそう言った。
シェイドは仏頂面のままデクの隣に来るとしゃがんで、袖が濡れることも気にせず左手を川に突っ込んだ。
「えっ、ちょっと、ええ!?」
驚き慌てふためくデクを尻目に、シェイドは左手にこんもりヘドロを乗せて川から手を出す。
そして、それをデクに見せてこう言う。
『これのどこが、「下水だと言い過ぎ」ですか?』
言葉を失っているデクを見て、シェイドはその場にボトッとヘドロを落とした。