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卑しき狗の愛憎

第1章 邂逅


「猫、ですか…?」
芥川は晶子の言葉に不愉快さを感じたが、その言葉の真意を知りたいとも思っていた。
「そうだ、そなたは野良猫。野良犬であれば、少なくとも主人が対等に接している者に対して、直ぐに序列を理解し、敬意を払う。まぁ、そこが狗の良さであり、妾には物足りぬ所であるがな。」
そして続けて晶子は、こうも言った。
「要するに、そなたは野良猫のように素直でないということだ。それは欠点でもあるが、妾は見込みがあると思うぞ。そなたが素直な可愛い猫になるように妾なら甘やかしてやるぞ?」
ハッハッハと笑うと、太宰のほうに同意を求めるような視線を送った。太宰は少しムッとした様子で、
「晶子、彼を甘やかさないで下さい。それに、貴女が思っている程の見込みはありませんよ。」

太宰は、晶子が見込みがあると言った者はその通りに見込みがある事は理解していた。しかし"彼女の稽古"の厳しさに、芥川がついて行く事が難しいという事も知っていた。また、太宰と晶子は似た者同士だったが、唯一他者を育成する事に関しては方針が違った。晶子は、褒めて伸ばす方針だった。太宰は、晶子やり方が芥川が嫌悪するものだと思い、芥川の興味を逸らそうとした。

一方の芥川は、稽古を付けて貰う云々よりも、晶子から言われた言葉に最早完全に毒気を抜かれ、釈然としない気持ちになった。
「素直でない…?それは褒め言葉として取れば良いのでしょうか…。」
と困ったように晶子に尋ねたが、答えは返ってこなかった。ちらりとミラー越しに見れば、晶子は夜のヨコハマの街を楽しげに眺めているだけだった。
それから間もなくして3人を乗せた車は、首領の待つ本部へと着いた。
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